Ep.6-83
ユーラリアの言葉に、レイチェルは小さくため息を漏らしながら、男の首筋に当てていた剣を引き、鞘に納める。その表情には若干の不服が混じっていたが、それでもあくまで主君の言葉には忠実に。男が、自身の威圧に負けて口を噤んでしまわないように、一歩退いて無言で距離をとる。
そんな彼女の対応にユーラリアは満足げにうなずくと、再び男を見遣ると、微笑を湛えた口元に手を当てる。
「貴方、お名前は?」
「え? あ……えと……」
突然の質問に男は困惑する。そんな彼に、ユーラリアは一瞬きょとんとした表情を浮かべてから、すぐに「ああ」と納得したような声を上げてうなずくと
「――本来であれば、私の立場では貴方とは直接に口をきくべきではなく、貴方もまた、私に直接話しかけるようなことはあってはならないのですけれど、あくまでこれは非公式の会話。不敬非礼とは言いませんから、どうぞ忌憚なく私の問いに答え、語りたいことを語ってくださいな――さ、どうぞお名前を」
ユーラリアの物腰柔らかでいて、有無を言わせない圧を練り込んだ言葉に男は圧倒される。男は助けを求めるように仲間の兵士たちを見遣るが、誰一人として彼と目を合わせようとしない。皆、被弾を恐れて目を伏せている。そんな彼らに男は絶望的な表情を浮かべながら、ちらとユーラリアを見遣る。
彼女の顔は相変わらず笑顔だ。恐ろしいほどに変わりがない――それゆえに、その底にある感情が見て取れないのが、彼にとっては恐怖なのだろう。
「どうぞまずはお名前を。お名前が分からなくては、お話も満足にできませんよ? 『兵士さん』だとか『貴方』などというのでは、味気が無いでしょう?」
重ねてそう問いかけるユーラリアに、男は唇を震わせながら口を開く。
「アーノルド、アーノルド・ラックス……と、申し、ます」
「そう、アーノルド。良いお名前ですね、名付けられたご両親に感謝しなくては」
ユーラリアは口元に手を当てながら、満足げにうなずく。それから、彼女は目を細めてじっと男――アーノルドの顔を見つめる。その口元は変わらず微笑を湛えているのに、その目をまるで笑っていない、射竦めるような視線に見えた。
「どうしたのです、アーノルド。貴方、私に何か言いたいことがあったのでは? 先ほども申し上げた通り、この場は非公式。貴方と私が話すことに問題はありませんよ。私の騎士様だって、私がこういうのなら見逃してくれますとも――だから、言ってごらんなさいな」
アーノルドの弁明を促すユーラリアの言葉、その一音一音がまるでそれぞれ異なる致死性の毒を孕んでいるようで、傍から聞いているシャールでさえも思わず息を呑んだ。あの言葉を直接に向けられるアーノルドの精神状態は推して知るべしである。
しかし、アーノルドは唇を震わせながらも、何かを決心したように――あるいは自棄になったかのように歯を食いしばり、拳を爪が食い込み血が滲みそうになるほど握りしめながら叫ぶ。
「お、恐れながら申し上げます――我ら、魔王を討伐し、暗黒大陸を平定せんとする聖教会の軍なれば! ま、魔人は皆駆逐するべきものであると愚考いたします! ま、ましてや……それを治療するなど、異端の謗りを免れ得ぬものかと!」




