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Ep.6-81

男が少年の胸元に剣を突き出すのと同時に、シャールは剣を思い切り振り上げる。唇を血が滲むほどに噛み締めながら、男の首筋に向けて剣を振り下ろさんと力を込める。

だが、数瞬の差で男の剣が少年の心臓を突くのが早いのをシャールは直感した。

——もう、間に合わない。そう悟ったけれど、もはや彼女の剣は止まらない。少年の命の灯が消えた数瞬後には、自分のこの手は誰も守れないままに、人の命を奪う。

そう思った瞬間だった。


「——『血よ凍てつけ(パーラリィズィズ)』」


彼らの背後から凛然とした声が響いた。

魔力の乗ったその言葉が鼓膜を揺らした瞬間、全身から力が抜けていくのを感じた。それなのに、脚はそのまま地面を踏み締めていて、剣を振り上げた腕もそのままだ。

麻痺させられている——その事実にシャールが気がついたのは数瞬してのことだった。

全身の筋肉が痺れて動かすことができない。それは、シャールだけではない。

山羊角の少年も、ロアも、金髪の少女も。少年に刃を突き出さんとした男も、兵士たちも。エリシアやリリスさえも。この場にいるすべての存在が動きを停止させていた。

そんな中、ゆっくりと背後からシャールたちの方へと歩み寄ってくる足音が二つ。

シャールはその足音こそ聞こえるが、その足音の主のいる方を振り返ることすらできない。

そんな中、得体の知れない足音だけが迫ってくる。恐ろしい状況のはずなのに、なぜかシャールは恐怖を感じなかった。


「だ……れ……だ……てめ……え、は」


既に切先は少年の皮膚に触れて、あとほんの少し力を入れるだけで心臓を突き殺せると言う状況にありながら、すんでのところでお預けを食らった格好となった男は、麻痺で動かすのも難しいであろう口から、足音の主へと悪罵じみた問いを投げる。

そんな彼の言葉に答えたのは、先程麻痺の呪文を紡いだのとは別の声。


「その口の聞き方、不敬が過ぎますよ。控えなさい」


その口調、その声には聞き覚えがあった。無理矢理首を動かして、シャールはその声の主たちを振り返ろうとする。首筋に走る激痛に耐える彼女の肩に、柔らかい感触が触れる。


「——いいのですよ。そんなに無理はしなくても」


彼女の耳元で声の主は囁いた。それから、声の主は彼女の視界の外から手を伸ばし、アメルタートからシャールの指を一本一本外していく。

そして、もう一人は少年の心臓を突こうとしていた男の腕を叩いて剣を地面に落とさせる。


「——とりあえず、これで安心ですね。では」


そう言ってシャールの耳元で囁く声の主はパチンと指を鳴らした。その瞬間、その場の全員の麻痺が解けて、皆その場に倒れ込む。身体は動かせるようになったけれど、全身のの痺れは残っていて、身体中に力が入りづらい状態は変わらない。


「だ、誰なんだてめぇは———ッ!?」


男は身体が動かせるようになった途端、倒れ込みながら振り返り、そして表情を凍らせる。視線の先に立っていたのが、彼らにとってはあまりにも想定外の人物だったから。

そして、自分が今置かれている立場を理解したから。


「あ、貴女が……何故、ここに……ッ!?」


泡を吹きそうな勢いで慌てて口をぱくぱくとさせる男に、声の主は——彼女は嫣然と月下に微笑む。


「何故って? 私の騎士様と夜のお散歩ですよ? それとも最高巫司がお散歩するのはそんなに変ですか?」


そう言って、最高巫司——ユーラリアはくすくすと静かな笑い声を上げた。

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