Ep.6-80
「――何を……」
シャールは声を震わせて、男の一挙手一投足に目を奪われる。一瞬一瞬が永遠のように感じられる、息が詰まる感覚。そんな中、男はゆったりと山羊角の少年に歩み寄ると、仲間の兵士の一人に目配せをする。仲間の兵士は、わずかに躊躇いながらも狂気じみた気迫に満ちた男に負けるように、少年を再び羽交い絞めの形で空中に持ち上げる。
「――何をする気なんですか?」
「言っただろう。仕事だよ、仕事。魔人を見つけたら、殺してやるのが俺たち魔王討伐軍の仕事だろう?」
先ほどまでの議論も対話も、何もかも無視したような彼の言葉にシャールは血の気が引く感覚に襲われる。そして次に湧き上がるのは怒りに似た岩漿のように沸き立つ感情。シャールは思わず怒鳴るような声を上げる。
「だからそれは――!」
「うるせえんだよガキが! 何も知らない小娘が!」
「――ッ!」
男の血走った目と、すさまじい敵意が練り込まれた視線を受けてシャールは思わず息を呑んだ。そんな彼女に、男は笑いながら言う。
「ったく……本当にめんどくせえ連中だよ。いいか、小難しい理屈なんてどうだっていいんだよ。俺はこいつらが気に食わねえ。魔物の分際で、人間様みたいに振舞ったり――気持ち悪くて仕方がねえ。どうせ魔王の配下と同じ魔物なんだ! だったら敵だろ、それでいいだろ!」
「そんなこと――貴方……!」
「大体な、俺たちはアンタらみたいに馬を手配されて、テントまで用意されている恵まれたお客様に戦場の、俺たちの苦しさの何がわかるんだ! このどうしようもない苛立ち、疲れ、空腹、欲求不満。ねばねばまとわりついてくるようなコイツをどうにか振り払いたくてしょうがねえんだよ!」
何もかも、心の奥の黒い部分をぶちまけるような叫び。それはシャールにはまるで獣の咆哮のように思えた。そしてその咆哮は、共感する者たちの箍をも外した。
「そうだ、そうだ――!」
「お前らに何がわかるんだよ!」
「きれいごと言ってるんじゃねえ!」
「女は黙ってろ!」
男たちは口々に叫びながら、シャールたちを威圧する。その勢いはまるで熱に浮かされたようで、エリシアやリリスも彼らの狂気的な叫び声に圧倒され、言葉を失う。
どうあっても分かり合えない、分かってもらえない。言葉を尽くせば、分かってもらえると思ったのに。そうでなくても、手を引いてくれると信じていたのに。
シャールには、この兵士たちの方がよっぽど言葉の通じない魔物のように思えた。
「はははは、これが総意だ! 俺たちの、戦場で命張ってる人間の総意だ! 俺たちの大事な大事な想いを尊重してくれよ。俺たちの大事な大事な、鬱憤の捌け口を奪わないでくれよ――なあ!」
そう叫ぶと、男は少年の肩に剣を突き刺す。それから、傷口を広げるように、剣を掴んだ手首をねじりまわして、肉をほじくり返していく。
「ああああああッ!」
気を失っていた少年はあまりの激痛に、叫び声と共に目を覚ます。そんな彼の反応を見て楽しそうに口の端を吊り上げると、男は剣を抜く。傷口からはどくどくと赤い血が流れ出し、彼のボロボロの服を染めていく。
「――やめて!」
満足そうに剣の切っ先を眺める男に、ロアが体当たりする。しかし、彼女の華奢な体では、がっしりとした体格に鎧まで纏った男を動かすことすらできない。
男は、怯えた表情で自身を見上げるロアに舌打ちすると、鉄製の小手で思い切り彼女の頬を殴りつける。吹き飛ばされたロアは岩に頭をぶつけてその場でぐったりと倒れる。
「邪魔してんじゃねえよ、ウジ虫が――さて、お次は心臓といくか。魔人も心臓を突けば死ぬのかなぁ、と」
そう言いながら、男は剣を構えてその切っ先を少年の心臓のあたりに狙いを定める。
「やめて――やめて!」
正気に返ったシャールは、聖剣を抜きながら男に迫る。しかしもう、間に合わない。
そんな時だった――




