Ep.6-76
「あれ……あんなの来る時にありましたっけ?」
シャールは震える声で、その足跡の群れを指差した。それを見て、リリスとエリシアも表情を硬くする。少なくとも五人は下らない、大きさから見て大人の男性の足だ。
「この靴幅……踵のヒール……ベルカ公国だかその辺りの国の兵士たちが確かこんな靴を履いていたような……」
エリシアは足跡をしゃがみ込みながら覗き込み、そう分析してみせた。その言葉を聞いて、リリスは足跡が向かう先を見て息を呑む。
「――この足跡が向かっている方向……あの子たちの帰り道の方では?」
「――ッ!」
リリスの言葉に弾かれたように、シャールは足跡を追って駆け出した。ほとんど反射的だった。
どうしたらいいのか、どうするべきなのか。そんなことは考え付かなかったけれど、とりあえず駆け出してしまった。それだけは正しいと直感していたから。
そんな彼女の後をエリシアとリリスも追う。二人も、心配そうな顔をして足跡の先を見遣る。
巨石の並ぶこの岩場は、まるで迷路のようになっているため、足跡の主が今どのあたりにいて何をしているのか、全く以て見当がつかない。ただ、この足跡だけが頼りだった。
――何もなければいい。足跡の主たちがあの子たちと出会っていなければいい、出会っていたとしても彼らが逃げきれていれば。
彼女は息を切らせて走りながら、そんな都合のいい話を夢想する。でも、都合のいい話なんてものは所詮夢に過ぎなくて――
「イヤァァァッ!」
「来るな! 来るなよぉ!」
聞き覚えのある声が金切声の悲鳴をあげるのが、鼓膜を揺らした瞬間、シャールの夢想は打ち砕かれて、サッと血の気が引く。
「噓……」
シャールはその場に立ち尽くす。ふらふらと足から力が抜けていくのを感じる。そんな中、だらりと垂れ下がった彼女の腕を、エリシアが掴んだ。
「――呆けてる場合じゃない! 行くよシャール!」
エリシアは足を止めたシャールの手を取って、力強く引っ張って発破をかける。そんな彼女の言葉に、シャールは歯を噛み締めて、地面を強く蹴って前へと改めて駆け出す。
そうだ、呆けている場合ではない。悲鳴が聞こえたというコトは、まだ最悪の事態には至っていないはずだ。まだ、助けられる、挽回できる。そう心の中で繰り返しながら、シャールたちは必死で巨岩の間を抜けていく。そして、辿り着いた。
「――ぁ」
眼の前で起きている出来事にシャールはくらりと目の前が真っ暗になるのを感じた。
彼女たちの眼の前には、鉄製の鎧に武器を携えた兵士たちが五人。そして彼らの視線と武器の先には、斬り傷だらけになりながら仲間を守る山羊角の少年の姿があった。




