Ep.6-71
エリシアに引き連れられて、シャールとリリスはテントを出る。なるべく自然に、散歩でもするかのような気軽さを演出しながら兵士たちの間を歩いていく。時には足早に、時には他愛のない話を交えながら。
大半の兵士たちはここまでの船旅と陸路の強行軍で、疲労しきって眠りに落ちかけけている者、一周回って高揚を感じている者など、さまざまな人たちが所狭しと陣取る野営地。その中を、シャールたちはすばやく抜けて歩いていく。
中にはシャールたちの存在に気がついて物珍しげにじろじろと見つめる兵士もいないことは無かったが、そういう者には軽く笑顔を振りまくことであしらった。
野営地を出ると、シャールたちはまっすぐに進むエリシアが言っていた人影の見えた岩場の方を目指して真っすぐに、地を踏む足に力を入れて進んでいく。
十数分もすると、巨大な岩がごろごろと転がっている岩場にたどり着く。
「この辺りだ。ボクが人影を見たのは」
エリシアがそう言うと、自然と緊張感が高まる。居並ぶ大きな岩々は、シャールたち人の身の丈よりも大きく、その影に誰かが隠れることなど造作もない——それこそ、子供と見紛うような背丈の者ならなおさら。
不意に誰かが岩陰から飛び出してくるかもしれない、飛び出してくる何者かは自分たちに害意があるかもしれない。そんなことを思うと、一歩を進む足がとたんに重くなる。
言葉を交わすことも無くなり、呼吸音すらも小さく抑えられていく。わずかな物音も聞き逃さないように、いるか分からない「敵」に自分たちの存在を気取らせないように。
岩場に入ってから数分。辺りを何度も振り返りながら、視覚と聴覚を総動員しながら進む神経をすり減らすような時間が続く中、不意に鼓膜を揺らす微かな音が聞こえた。
その瞬間、三人の間に緊張が走る。
聞こえてきたのは微かな声。何を言っているのかは分からないけれど、風の音のような自然音とは明らかに違う少し高い声。
シャールたちは顔を見合わせ、今聞こえたものが自分の耳の不調でないことを確かめるように頷き合う。
リリスは手に持った杖の先で、それぞれの影に軽く触れる。その瞬間、魔力が巡り、何らかの魔術が発動したのが感じ取れた。
リリスはシャールとエリシアの耳元に密着させるようにその唇を寄せる。
「消音の魔術ですわ——これでギリギリまで近づきましょう」
そんな彼女の言葉に頷くと、シャールたちは声のする方へと更に進んでいく。
声がだんだんと大きく、はっきりと聞こえ始める。それに伴って足音や衣擦れの音も聞こえる——話している声は一人分しか聞こえないが、足音はもう幾人分ほど聞こえる。
そして数秒と経たぬうちに、三人は声の主がいるであろうところのすぐ近くまでたどり着く。そして、岩陰に隠れて、それぞれに武器を手に取る。互いに目配せをしながら、この岩の裏にいるであろう何者かの前に踏み込むタイミングを図る。
エリシアが五指を開いた状態で、リリスとシャールの前に空いた左手を示す。
そして、心臓が鼓動を打つのと同じ速さで一本一本親指から折り曲げていく。踏み込むタイミングの合図、のつもりなのだろう。
そして、最後の小指が折られた瞬間、三人は一気に隠れていた岩陰から声のする方へと躍り出る。
「動かないで——ッ!」
そう叫んだエリシアだったが、次の瞬間思わず絶句する。そこにいたのは、彼女の見立て通り年端もいかないであろう子供の姿をした何かだった。




