Ep.6-67
それから数刻経って日が沈むと、討伐軍は野営の陣を組んだ。川を望む丘陵の上、敵影が迫ればすぐに発見できる立地だ。夜が明けるまではここで休息をとることになる。
結局上陸からここまで、魔王軍からの攻撃は無いし、敵影のひとつすら確認できていない。
偵察くらいはしているのかもしれないが、一切の干渉すらしてこないこの静けさは、逆に兵士たちの精神を削っていく。
進軍の行程も予想以上に順調だ。道がふさがれていたりすることもなく、平地続きであり、これだけの軍勢にもかかわらず予定の倍近い速度で進軍できている。
「――魔王軍の出方が気になりますけれど、状況としては好調ですね」
ユーラリアは机の上に広げられた地図を見下ろしながら、目を細める。
野営地の中心、一つだけ立派なテントの中で軍議が開かれていた。もっとも、上陸直後の軍議から何ら状況は変わっておらず、あくまで兵の状況などを確認する程度の形式的なものにすぎないのだが。
実際状況は非常に良好だ。現在の時点では、兵の損耗は海上でアルカラゴスに襲われた際に発生した百余名のみ。
聖教国を出立する前の見通しであれば、ここまでの行軍の間に幾度か魔王軍との交戦を挟み、その中でその数倍の死者が出るだろうという試算だった。それが、この程度で済んでいることは僥倖と言えば僥倖ではあった。各国の将官たちは、それを喜ぶと同時に、警戒もしてはいた。もしかしたら、夜陰に乗じてこの野営地を襲うのではないか、そんな懸念が次々に彼らの口から飛んだ。
とはいえ、だからと言ってこのまま強行軍を続けるというわけにもいかない。将官や聖剣使いたちはともかくとして、一般の兵士や騎士たちは皆ここまで重い鎧をまといながら歩いてきているのだ。疲労の度合いは計り知れず、もしこれで疲弊しきった状態で魔王軍の急襲を受ければひとたまりもない。
それぐらいならば、魔王軍の本拠地である魔王の居城から十分に離れ、見晴らしに優れたこの場所で、夜襲を迎え撃つ方がマシだろうというのが、軍議の構成員たちの総意だった。
結局のところ、大した話が出ることもなく軍議はすぐにお開きとなった。ぞろぞろと将官たちが出ていく中、シャールはふとテントの中のユーラリアのほうを振り返った。
そんな彼女の視線に気が付いて、ユーラリアはわずかに小首を傾げる。
「どうされましたか? シャール・ホーソーン?」
「あ、いえ。ごめんなさい……ただ、今日はもう野営になるのに最高巫司様たちは鎧を脱がないのかなって……」
確かに、他の将官たちがすでに重い鎧を脱いで、軽装に着替えているのに対してユーラリアとレイチェル、ザロアスタだけは鎧をまとったままだった。夜襲を受けるのに備えている、というわけでもないように見える。
そんなシャールの疑問に、ユーラリアはくすりと笑いながら答える。
「ふふ、私たちはこれから少し野営地の見回りを、ね。兵士たちを多少なりともねぎらって、士気を高めておきたいので」
士気を高めさせるのに、自分たちがくつろいだ格好をしていてはおかしいでしょう? そう言ってユーラリアは笑った。なるほど、軍団の指揮者兼シンボルたる最高巫司ともなると、そこまで気を遣うのか。シャールはそんなユーラリアの細やかさに感嘆する。
「――ああ、でもねぎらいは私たちだけで行くので大丈夫ですよ。貴方達はゆっくりと休んでくださいね」
そう言ってユーラリアはレイチェルとザロアスタを伴って、テントから出ていく。そして兵士たちの前に出ると、歓声が上がる。ユーラリアはそんな兵士たちの中を、ひらひらと手を振りながらゆっくりと進んでいく。
そんな彼女たちの後姿を見送りながら、シャールはテントを後にした。




