Ep.6-64
シャールの沈鬱な表情を見ると、エリオスは呆れたような表情で目を細める。
「――魔人たちに同情でもしたかい? は、本当に君は馬鹿だねえ」
「どうせ馬鹿ですよ、私は」
エリオスの嘲るような声に、シャールは拗ねたようにそう返す。実際自分でも愚かだとは思う、それでも心がそこに囚われてしまっているのだ。事実としてそうなってしまっているのだ。そうなってしまったら、それはもうどうしようもないじゃないか。
これは、迫害された魔人への同情でもあるし、彼らを迫害した人間たちの裔としての自分自身が抱え込んでしまった罪悪感でもある。そして、それと同時に人間という存在に抱く恐ろしさでもあった。
人間がときに狂い、悪逆を為すことをシャールは既に身をもって知っていた。それは、レブランクで起きた惨劇もそう、ディーテ村で自身の家が焼き払われ略奪されたのもそう、森の教団がアリアに嬉々として行った所業もそう――人間はどこまで残酷になれるのか、どこまで醜く成り果てるのか。
共に今暗黒大陸の大地を行く兵士たちもそうなりうるのか、自分が知っている人たちも――エリシア、レイチェル、ユーラリア、リリス、アイリ。善良な心を持っているとシャールが感じている彼らもまた、同じような醜さを内包しているのだろうか。そして、自分自身も……
そんなことを考えると、急に気持ちが悪くなってくる。
ずっと口元を押さえて黙り込んでいると、そんな空気感に耐えかねたエリオスがため息交じりに言葉を続ける。
「尤も、暗黒大陸の魔人と他の大陸にいた魔人は本質として色々異なるからね。君が戦闘時に敵に対して、歴史の彼方に消えた魔人たちを投影する必要はないさ」
エリオスはどこか面倒くさそうな顔をして、そう吐き捨てるように言った。その言葉にシャールはふと顔を彼の方に向ける。
「もちろん、中には他の大陸から亡命した魔人の子孫だっているかもしれないけどね。ほとんどは暗黒大陸に由来を持つ者たちだ。彼らは、他の魔物の例にもれず、この地の魔力によって他大陸の魔人とは全く異質な力を有している生き物だからね。力も、その歴史も別の存在だ」
「……はい」
慰めようとしているのか、それとも単に彼の持論か。それでも彼が何を言おうとしているのかは分かる。「そんなくだらないことに囚われて何になるのか?」「さっさとそんな感情を切り捨てて前を向け」そういうことなのだろうか。
「それと、ね」
不意にエリオスの声が柔らかくなった気がした。そんな彼の言葉にシャールは思わずぴくりと身体を震わせる。
「かつての人間と君もまた別の存在だ。自分と異質の者を切り捨てて、自分とは違うのだと言いながら目を背けろ、というワケではないけどね。それでも、かつての愚者と君とを本質の部分で峻別させることの出来るのは君だけなんだから」
そう言って微笑むエリオスの姿が、一瞬だけ歪んだように見えた。その言葉があまりにも優しい声音だったので、シャールは思わず呆気に取られる。見惚れた、と言い換えてもいいのだろうか。
「なんだい?」
呆けた表情のシャールに、エリオスは眉間に皺を寄せる。そんな彼に、本当のことなど言えなくて、シャールはゆるゆるとかぶりを振る。
「いえ、なんでも。珍しいことを言うのだな、と思って」
「そうかな……そうかもね。ふん……柄にもないことを言ったね」
エリオスはそう言って皮肉っぽい笑みを漏らした。




