Ep6-60
ユーラリアの号令の下、上陸から数刻経ってから進軍を開始した。十万を超える軍勢が織りなす隊列は、まるで大河のように暗黒大陸の大地をゆく。
本来であれば、これだけの軍勢は何人もの将の下、いくつかの部隊に分けて行軍し、主戦場にて合流するのが定石なのだろうが、多くの者にとって未知の土地である暗黒大陸でその戦略をとることは難しかった。その結果がこの大軍勢のままでの移動だった。
そんな大軍勢の左翼がシャールとエリオスに宛がわれた配置だった。
二人は他の兵士たちと違い馬を与えられ、少し高い位置から周囲を警戒しつつ進んでいく。行軍の開始から、すでに半日ほど。日は既に西方へと落ちていく時間だった。
ここまで、魔王軍からの攻撃は無い。
「――穏やか……ですね」
シャールは、ふと隣の馬上であくびをするエリオスにそう語りかけた。エリオスは退屈と眠気を同時にかみつぶしながら、その言葉に応える。
「……本当に……もう少し、ちょこちょこと攻撃を仕掛けてくると思ってたんだけどなあ……」
「罠……でしょうか?」
シャールは一周回ってこの静けさに不気味さすら感じていた。そんな彼女に、エリオスは目を細める。
「さてね。ただ、これほどの軍勢を相手に、分隊で奇襲をかけるみたいなことは無いとは思うよ。戦力ではこっちが勝ってるんだからね。下手に戦力を分散させて磨り潰すみたいなことはしないんじゃない? サルマンガルドの兵士たちみたいな無限湧きする連中ならともかくね――かくいう彼も、先の敗北があるからね、早々には仕掛けてこないでしょ」
「そういうものですか……」
「ま、それはあくまで『魔王軍』としての話で、この地に住んでいるだけの魔物やらがどう動くかは分からないけどね」
エリオスはそういうと遠くをぼんやりと眺めながらため息をついた。自身も不謹慎とは思いつつ暇を持て余していたシャールは、つい問いを重ねて会話を続けようと試みる。
「暗黒大陸の魔物は皆魔王の配下というわけじゃないんですか?」
「その質問は、私たちが居としている大陸にいる者は、植物から人間まで皆最高巫司の配下なのかと聞いてるのと同じだよ」
エリオスはどこかそっけなく、シャールの問いかけをそう切り捨てた。それからふと、彼は何かを思い立ったような顔を浮かべて、苦笑を浮かべながらシャールに問いかける。
「そういえば君、もしかして暗黒大陸についてあんまりよく知らない?」
「え——ええ、まあ……そう、ですね」
実際シャールの認識では、暗黒大陸というのは魔物や邪悪なモノたちの土地であり、神話の英雄エイデスと対峙した原初の魔王以来、多くの魔王が拠点としてきた聖教会にとって忌むべき土地である、ということだけだ。
それ以上のことをシャールは知らないし、学ぶ機会も学ぼうと思ったことすら無かった。
そんな彼女にエリオスは呆れたような吐息を漏らしながら、くつくつと喉の奥で笑う。
「それじゃ、少しだけ教授してあげようか。何、私も退屈だからね。暇潰しの一環だ、授業料は取らないよ」




