Ep.6-59
モルゴースたちが覗き込む大鏡には、アルカラゴスと交戦するエリオスの姿が映し出される。影を操り、自らの翼へと変じさせて、アルカラゴスと共に空を舞い、殺し合う姿を見ながらモルゴースは目を細める。
「開戦の勅令式ではこのような者の紹介は無かった。これだけの戦力——聖剣使いやあの魔女と並ぶか、或いはそれ以上の実力者だろうにのう」
怪訝な顔で眉を顰めるモルゴース。その一方でサルマンガルドは、口元に手を当てながら興味深そうな目で鏡の中のエリオスの戦いぶりを見つめる。
「……全軍の前で紹介しなかったのは、何か彼について後ろ暗いことでもあるからでは? 聖教会は人間世界における正義の象徴のような存在だからな……もし脛に傷のある存在を雇い入れるときには、その存在は出来る限り秘匿するだろうさ」
「ふむ。そういうものかのぅ……」
「そういうものだ。それよりも気になるのは、奴が扱う技」
サルマンガルドはそう口にすると、彼の操る影や黒い風に注目し、じっと見つめる。
そんな様子で数秒言葉を発することなく、黙りこくっていた彼に、サウリナがいよいよ痺れを切らしたように問いかける。
「奴の扱う技が何だというの? 魔術の一種では?」
「……違う。いや、僕の兵隊たちの矢を消し去ったアレはたしかに魔術だが、それではなくこの影と黒い風。アレは魔術では無い」
そう断言するサルマンガルドの言葉に、モルゴースは興味深そうに小首を傾げながら問いかける。
「それはどういう意味だ、サルマンガルド? アレはどう見ても超常の現象であったように見えたがのう。アレが魔術でないというのなら、一体何だというのだ?」
「……知っての通り、僕は最古の魔術師。故に、この世界にあるありとあらゆる魔術について知悉している。その僕が知らない、理解が出来ない以上アレは魔術では無い」
「——新しくあの者が編み出した魔術という可能性は?」
サウリナの問いかけにサルマンガルドはゆるゆるとかぶりを振る。
「確かに日々新たな魔術は世界各地で生まれている。だが、そのいずれも何らかの理論的基盤——従来の魔術の流れを汲んで構成されている。だから、そういうものは見れば分かる。でも、僕の知見で以ってしても、彼の使うチカラは解析し得なかった」
「では一体アレは……?」
困惑するサウリナ。そんな彼女に対して、モルゴースは僅かに表情を硬くする。まるで何かに気がついたように。そんなモルゴースの予感を、更に確たるものへと変えるべく、サルマンガルドは自身の考えを開示する。
「超常の現象を引き起こすのは何も魔術だけではない……例えば、我が主が持つ聖剣が帯びるような、神の『権能』だとかな」
「——ッ!」
サウリナはサルマンガルドの言葉に思わず息を呑む。モルゴースも、眉をぴくりと動かして目を細める。
「やはり、そういう結論になるか。ふん、聖教会は難儀なモノを連れてきてくれたものだのう」
モルゴースはわざとらしく肩を竦める。サルマンガルドはそんな主人の姿を見てから、鏡の中のエリオスの姿に目を転じる。
「どうする? 我が主よ」
「——どうもせんよ。方針は変わらぬ。サウリナ、サルマンガルドは共に決戦に備えよ。サルマンガルドの軍勢の展開については追って沙汰を出す。サウリナは陣の構築を急げ」
「承知した」
「御意に」
サウリナとサルマンガルドはそう短く応えると、部屋を退出する。残されたモルゴースは揺り椅子に深く腰掛けながら、鏡の中で活躍する聖剣使いやリリス、そしてエリオスを見つめる。
「さて。決戦の前にもうひと波乱くらいは起こしてやるかのう」
そう言ってモルゴースは口の端を魔王らしく、悪辣に吊り上げた。




