Ep.6-57
暗黒大陸の中枢、黒い城の天守の一室。青白く灯る蝋燭の光に照らされた部屋の中で、二つの人影が相対していた。
その片方——蒼銀の長い髪を揺らす女性とも男性ともつかない中性的であり、かつ妖艶な魅力を放つソレは小さく感嘆のため息を吐きながら、口を開く。
「アルカラゴスを退け、サルマンガルドの軍勢を突破したか。ふむ」
紫檀で作られた豪奢な揺り椅子に腰掛けながら、ソレ——魔王モルゴースは部屋の壁に掛けられた大鏡を見ていた。そこには、海上でアルカラゴスと交戦したエリオスたちの様子、サルマンガルドの軍勢を相手に立ち回ったユーラリアとレイチェルの様子などが次々に映し出されている。
それを興味深そうに眺めるモルゴースに、もう一方の人影——青い髪を揺らす女剣士サウリナは僅かに唇を噛んだ。
「不甲斐ないことです。申し訳ありません」
モルゴースの前に立った彼女は沈鬱な表情で腰を折る。しかし、モルゴースは首をゆるゆると横に振りながら、薄らと笑みを浮かべる。
「何を詫びるのだ、我が騎士よ。其方に責は無かろう? 否、責という話なら此度のコレは誰にも責などありはしない。むしろ健闘というものだ」
「その通りだ……これは褒められるべきものであって、不甲斐なくなど無いのだよ……サウリナ」
不意に部屋の中に響いた声とともに、部屋の扉の前に灰の混じったつむじ風が吹き荒ぶ。それが解けると、そこには黒いローブにフードを目深に被った影が現れる。
その影に、サウリナは目を細め、表情を硬くする。
「サルマンガルド……ここは陛下の私室だぞ。断りもなく——!」
怒りの表情を滲ませるサウリナの言葉を、モルゴースは片手で制すと、穏やかに笑う。
「よいよい。かの者は先の功労者、その功を以って此度はその不敬を免じよう。だが、次はないぞサルマンガルド。次に勝手に入ってきたらば、窓から放り出すからのう」
「……気をつけよう……」
ローブ姿のサルマンガルドはそう言うと、僅かに形ばかりに腰を折って見せた。そんな彼に、サウリナは目を細めたまま窘めるような声を上げる。
「サルマンガルド、陛下の御前だ。フードを外せとは言わないが目ぐらいは合わせろ。陛下はお前に言葉をお与えになっているのだ」
「ふん、そういうものかね」
「そういうものだ」
サウリナの強めの口調に、サルマンガルドは僅かにため息を吐くとフードを僅かに上げる。それでもなお、彼の本当の顔が見えることはない。彼の顔、その下半分は黒いサテンの布で隠され、上半分には人の頭蓋骨を削り出したような髑髏の仮面で隠されている。その髑髏の仮面の眼孔部からは、燐光のように輝く瞳が覗いていた。
「失礼した。我が王よ、これでよろしいかな?」
サルマンガルドがやや不満げながらにそう問いかけると、モルゴースとサウリナは満足げに頷く。
そしてモルゴースは、その瞳を覗き込みながら微笑む。
「うむうむ。やはり其方の眼は美しいのう」
「褒めても何も出はしないぞ、我が王。それより、せっかく僕が来たんだ。甘い言葉を弄するより先に聞くべきことがあるだろう?」
サルマンガルドがそう言うと、モルゴースはどっかりと揺り椅子の背もたれに身を委ねながら、くつくつと喉の奥で笑う。そして片手を軽く上げながら、サルマンガルドの言葉に応じる。
「その通りだ。では問おう、サルマンガルド。お前の目から見て、我を討伐せんとする彼の軍勢はどうであった?」




