Ep.6-53
ユーラリアが歌い上げるように聖句を唱えた瞬間、彼女の足元から生じていた光は一気に拡大して、瞬く間に海岸全体を覆う。それと同時に、そこにひしめく不死者の兵たちを取り囲むように、ドーム型の結界が展開する。不死者たちがそれに触れた瞬間、彼らの身体は瞬く間に青い炎に包まれて、崩れ落ち灰と化す。
そんな彼らに残されているのは、ただ術者を排除するという手段だけ。不死者の兵士たちは、先ほどまでとは比べ物にならない勢いで、鉱物の槍で首や手足がズタズタになろうとも、はいずりながら必死でユーラリアに迫り、彼女の首を折りその口からこぼれる聖句を止めようとする。しかし――
「やらせはしませんよ」
彼女に手を触れようとした者たちの悉く、その手や首を金色の斬撃と共に叩き落される。レイチェルは術の完全発動を待つユーラリアを守るべく、聖剣を巧みに操りながら近寄る者たちを切り伏せていく。
殺到する不死者たちとレイチェルの攻防、その中で噴き上がる不死者たちの血しぶき。そんな残酷劇のような光景の中にありながらユーラリアは顔色一つ変えることなく、祈るようにその場に跪く。
「主よ――彼らに、静かなる終わりを与えたまえ」
ユーラリアがそう口にした瞬間、不死者たちを包む光が強くなる。それと同時に、不死者たちの身体が痙攣を始める。びくびくと全身を震わせ、身体の関節があらぬ方向へと曲がっていったり、その場に崩れ落ちたりと彼らの進軍が完全に停止する。
そして次の瞬間には彼らの身体はぼろぼろと崩れ始めた。崩壊し地に落ちた肉片は、瞬く間に細かく崩れて、黒い土と化していく。
そんな不死者たちを土に還す光は、急速に広がり、次々にサルマンガルドの軍勢たちは文字通り崩壊していく。
しかし、そんな土くれへと還っていく彼らの顔には苦しみも怒りも絶望もなく、ただただ穏やかな無表情。魂が入っていないのだから、当然と言えば当然で、だからこそ自身の身体が引き裂かれるのをも気にせずにここまでにじり寄れたわけだが。
そんな彼らの姿を見ながら、ユーラリアは悠然と一歩を踏み出す。崩れる不死者たちの残骸を踏むことなく、一歩一歩海岸を歩き、そして遠くを見つめる。
「――残念、逃げ足の早いことですね」
そう零した彼女の視線の先、不死者たちを閉じ込める結界の外側。そこには目深にローブを被り、獣の骨を加工したような禍々しい杖を握った人影が立っていた。
「――」
「だんまりですか。出来ることなら不死者であるという貴方もこの場で還してしまいたかったのですけれど、流石に勘が鋭い」
ユーラリアはそう言って肩を竦めながら足元で次々と土にかえっていく不死者たちを見下ろす。
「今ここで貴方を追いたいところではありますが、そうすると彼らを還し尽くすことができない。まあ、ここは現状で手打ちとするのが妥当でしょうね」
そうユーラリアが言ったのを聞いてか聞かずか、ローブの人影は踵を返す。その瞬間、彼の足元から白い灰が舞い上がり、その身体を覆い隠した。
灰のつむじ風が消えた後、そこにはもう誰も何もいなかった。




