Ep.6-44
「なに……アレ……」
シャールが望遠鏡で覗き込んだ軍勢は、あきらかにシャールが知るそれとは全く異質な雰囲気を漂わせていた。皆一様に陰鬱な雰囲気を湛え、その表情をうかがい知ることはできない。言葉を交わす者も、伝令を伝える将官もいない、無音の軍隊。
そんな異質な軍隊の様子に、シャールの周囲の将兵たちも圧倒されている。
エリオスは口の端に笑みを浮かべながら、シャールの耳元で囁くように告げる。
「よおく見てごらん。ほら、あそこの兵士。彼の右腕のあたり」
エリオスはどこか愉し気に指さして見せ、彼女が持った望遠鏡に何らかの魔術を施す。シャールは何の疑いもなく彼の指図に従って視線を転じる。
「――ひッ!?」
エリオスが指さした兵士を見て、シャールは短く悲鳴を上げる。彼の右腕は肘から先がなく、切断面のあたりからは白い骨のようなものが覗いている。腕の断面には黒い血の跡と、変色したぼろぼろの肉、そしてその周囲を飛び回る蝿たちが見えた。
そんな彼女の反応を楽しむようにくすくすと笑いながら、エリオスは続けて彼女が握った望遠鏡の方向をぐいと少し動かして見せる。
続けて彼女の覗き込んだレンズの向こうに映し出されたのは、顔の半分が肉のこびりついた白骨と化している兵士。顔のもう半分の肉は腐敗して溶けたかのようにぐちゃぐちゃになってしまっており、その表面には黄ばんだ白色の蛆が這いまわっている。その様に、シャールは思わず口を押えて、喉をせりあがって来るモノを必死で抑え込む。
「――うぁ……っぷ……」
「目覚めには少しばかりショッキングだったかな? ううん、悪いことをしたなぁ」
「……悪びれる気もないくせに、わざとらしくそれっぽい顔なんてしないでください。わざとでしょう?」
睨みつけるシャールに、エリオスは「もちろん」と言わんばかりにウインクして見せる。そんな彼に望遠鏡を突き返しながら、シャールは顔を顰める。
「アレは……何なんですか……人間じゃない、のは分かるんですけど」
「不死者……うん。きっとそう言うのに相応しい連中だろうね。私も見るのは初めてなのだけれど」
そう言ってエリオスは口元に指を当てて、目を細め、近づいてくる醜悪な軍勢を見つめる。
そんな彼の言葉にシャールは表情を凍らせて、どこか縋るような目でエリオスを見上げる。
「アンデッド……ってあんな数が!?」
海岸線で待ち受けるアンデッドたちの数は最早数え切れるものではないが、おそらく万は下らないだろう。そんな数のアンデッドがあんな風に完全な統制下で隊列を組み、シャール達討伐軍を待ち構えていると言う事実。それが意味するところを、シャールは既に知っている。
「これって……まさか」
シャールの震える言葉に、エリオスは口の端を釣り上げながら頷く。
「十中八九君の予想通り。魔王軍最高幹部三卿の一人——冥道卿サルマンガルドの操る死霊軍団ってところだろうね」




