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Ep.6-41

「――なんですか? 喧嘩なら今は買えませんよ。持ち合わせがないもので」


そう言ってシャールはベッドに横たわる自分の身体をこれ見よがしに一瞥する。そんな彼女の答えに苦笑を漏らしながら、エリオスは肩をすくめる。


「別に喧嘩したいわけじゃないけどね。君に人を気遣っている余裕があるのに、私が『疲れた』とかほざいてたことに自己嫌悪を覚えただけのコトさ」


「……それは……」


「ねえ、さっきから思っていたけど、君少し変わった? それとも無理してる?」


エリオスは目を細めてシャールを見つめる。そんな彼の視線にシャールはわずかに表情を曇らせる。そしてわずかに唇を震わせながら答える。


「別に……変わってなんていませんよ。無理も……別に。今だけ……今だけ目を、逸らしているだけです。そうすべきだと思ったから……でも、結局できていなくて、外に意識を向けているだけなのかも」


そう言いながら、シャールは布団の端を掴んだ手に力を込めてぶるぶると震わせた。

眠れないのは消耗が激しいからだとか、どこかに痛みがあるからだとかそんなことが理由ではない。ただ怖いから――目を閉じると浮かんでくる光景が恐ろしくてたまらないから。

あれは聖剣の権能で伸ばした蔦で海に落ちた人たちを助けていた最中、魔力が切れて動けなくなったときのこと。マストに自分を縛り付けていた縄を切り解き、他の人たちの邪魔にならないようにと甲板から船室へと移動しようとしていたときのこと。

ぐらりと船が大きく揺れて、足の力を失っていたシャールは脚をもつれさせ、甲板を転がって船縁で止まった。なんとか甲板に膝をついて、船縁に手をかけて立ち上がった彼女の眼に入ってしまった光景。

未だに助けを求め、もがく人の姿。彼と目が合ってしまったのだ。助けようという思いが先行したけれど、もはやその手を船縁から離せば立っていられないほどに力を失っていたシャールの身体では、どうあがいても彼を助けることはできない。周囲の人間たちも、他の兵士たちを救助するのにかかりっきりで、もはや彼の救助なんて不可能だった。

それでも、目を離すことができないまま、シャールは見続けてしまった。

次第にその目から光が失われ、その身にまとった重い鎧に引きずられて、海の底へと生きたまま沈んでいくその姿を。濃紺の海に沈み、次第にその色に塗りつぶされて消えていく彼の姿を最後まで、伸ばされたその手指が見えなくなるまで。

それからシャールは肺がつぶされてしまったかのように息もできないままに視線を遠くへと投げる。そこには、同じように船上の者たちの救助が追い付かずに、海の底へと消えていく者たちが――命が消えゆく様が、まるで木枯らしに揺られて木の葉が散りゆくようにさも当然に繰り広げられていた。

その姿があまりにも哀れで、あまりにも恐ろしくて。

それから、その場に崩れ落ちたシャールは、それを見た船員たちの手によってこの船室に運び込まれた。彼らは口々に、シャールに感謝と賛辞を贈った。「ありがとう」「助かった」――そんな熱っぽい言葉たち。だが、それらはみんな彼女の感情を揺らすことなく上滑りしていく。

彼女の心は、あの濃く恐ろしい青に命が呑まれていく光景に囚われてしまっていたから。

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