Intld.I-viii
「それで、彼女はどうだった?」
真っ赤な夕陽が差し込む中、エリオスは対面の席に座ったアリアにそう訊ねた。
二人がいるのは、館の西端にあるガラス張りの植物園、その一角のガゼボ。その中に設えられた黒檀のテーブルには、湯気の立ち上るティーポットとカップが二つ。二人の間には、銀食器に並べられたチョコチップのクッキー。エリオスは、ティーカップの一つに高い位置から紅茶を注ぐと、ちょこんと椅子に腰かけたアリアに手渡す。
アリアは手に取った紅茶を口に運んで、一口含むとその香りを十分に楽しんでから飲み下す。そして、目を薄く開いてエリオスに冷たい視線を投げる。
「どう‥‥‥って、何が?」
「いや、ずいぶんと世話を焼いていたようだから気に入ったのかなって」
アリアは、館の中を案内していた時のシャールの様子を思い浮かべて小さくため息を吐いた。そしてティーカップをソーサーの上にかちゃりと音を立てて置くと、口を開く。
「——怖いほどいい子、かしら」
「へえ、その心は?」
「優しい——というのとはちょっと違うわね。アレは、そう。人を嫌えない、憎めない。人を憎むくらいなら、自分を憎んでしまうようなそんな感じ」
アリアは服や手指を汚して、傷まで作って彼の仲間を埋葬したときの様子を思い出した。そう、アリアから言わせればアレは異常だ。彼女に言った「堀に死体を投げ捨てればいい」というのは極端な話ではあったが、それにしたってあんな扱いを受けていたのに、彼らをあそこまで丁寧に埋葬するなんて言うのはアリアから言わせれば理解不能な所業だ。
「確かにねえ‥‥‥でも、私には怒りみたいな感情が向けられていた気がしたけど? 私だけは例外、ってことかな?」
くつくつと笑いながらエリオスはそう言ってのけるが、アリアはそんな彼の言葉に対してゆるゆると首を横に振る。
「それもちょっと違う気がする。あの子の中にあるのはある種の義務感。自分に課せられた役割を果たさないと、仲間の命を奪った敵を倒さなくては——そんな、義務感。アンタに向けられている敵意は、その反射効みたいなものよ」
「へえ、よく見てる。いや、見えてる、かな?」
エリオスは口元に手を当ててくすくすと笑って見せた。アリアは「おだまり」とエリオスを一蹴すると、チョコチップクッキーに手を伸ばし野ネズミのように小さく齧る。
「それより、あの子の仲間の女魔術師。いまさらだけど、逃がしてよかったの?」
自分のティーカップに紅茶を注ぐエリオスに向かって、クッキーを頬張りながらアリアは問いかける。エリオスは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべ、それからにやりと笑う。
「彼女、レブランク王国から来たらしいよ」
「知ってるわよ、大陸一の大国レブランク。彼女が王国まで逃げて、王子が殺されたことを報告したら——面倒なことになるんじゃない?」
苛立った表情で、アリアはまくしたてるように言う。しかし、エリオスは目を伏せながら返す。
「でも、いいきっかけになるかも?」
「まさか——」
アリアは、エリオスの意図を理解したかのように動きを止める。そして憮然とした表情を浮かべて、カップに残った紅茶を一気に飲み干す。そんなアリアに対して、エリオスは目を細めて西の山並みの影に堕ちていく赤い光を見つめる。そして、口の端を吊り上げる。
「さァて、どう動くかなあ‥‥‥人間は」
インタールードはコレにておしまいです。お付き合いいただきありがとうございます。
次の話から物語がまた少し動きます。エリオスの「悪役仕草」や、シャールの感情、アリアの狙い、そして外の人間たちの思惑などを織り交ぜた物語を展開していければと思っております。
ぜひ今後ともお付き合いいただきたく存じます。
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