Ep.6-38
先に仕掛けたのはアルカラゴスだった。アルカラゴスは全身を流れる黒い稲妻をエリオスに向けて放つ。しかし、エリオスはそれを小回りの利く翼を駆使して回避しながら、徐々にアルカラゴスへと近づいていく。稲妻ではもはやエリオスを捉えられないと悟ったのか、アルカラゴスは喉を大きく鳴らしてから、口を開く。その瞬間、アルカラゴスの喉の奥からすさまじい勢いで黒色に輝く炎の奔流が噴き出てくる。
広範囲に広がる黒い炎は、一瞬でエリオスの視界を覆う。
接近しすぎたがゆえに、もはや会費は不可能。灼熱の炎が迫るなか、エリオスは一瞬表情を硬くするが、すぐに口の端を吊り上げながら嗤う。
「『我が示すは大罪の一、踏破するは怠惰の罪』」
そう言ってエリオスは自分の眼の前で手を横に薙ぐ。その瞬間、彼の眼の前の空間が裂けて、異空間への門が口を開ける。アルカラゴスの放った炎は悉くその中へと飲み込まれ消えていく。
炎を吐ききったアルカラゴスは、未だに健在のままその場に立っているエリオスの姿に驚愕するような声を上げる。
そんな龍にエリオスは笑みを浮かべながら大きく影の翼を羽ばたかせると、一瞬でアルカラゴスの頭部に迫り、その手を大きく振り上げる。アルカラゴスはその頭部を退いて、彼の攻撃を回避しようとするが、その巨体ではエリオスの一撃は回避しきれない。
エリオスの振り上げた手の先、影を纏った彼の指先が刃のように鋭く長くなり、アルカラゴスの左目に振り下ろされる。
「ギャアァァァッ!」
エリオスの一撃にアルカラゴスは絶叫をあげる。ギリギリのところで目を閉じていたため、眼球への直撃は避けられたが、その鱗は切り裂かれ左目のあたりは血にまみれている。アルカラゴスは怒りと痛みに任せて、狂乱したように身体をくねらせて尻尾を振り回す。
「――おっと」
暴れ狂うアルカラゴスの身体に巻き込まれないようにと、エリオスは飛び退いて距離をとる。それから右手を突き出して口を開く。
「『踏破するは暴食の罪!』
彼がそう叫んだのと同時に彼の手の先から黒い『暴食』の風が吹き荒れ、アルカラゴスの身体へと迫る。当たれば身体の大部分を持っていかれる一撃。その危険性を本能的な直感で知覚したのか、アルカラゴスはのたうち回るのをやめて、睨みつける。
そしてすさまじい咆哮をあげながら、鱗を蠢動させ再びその総身から衝撃波を放つ。
「――ッ!」
エリオスは骨格と内臓を守るように身体を丸めて影を展開して自分を守る繭を再び展開する。彼の身体は繭で護られたが、アルカラゴスとの距離は再び開いてしまう。危うく海面に叩きつけられるところだったエリオスは素早く繭を解いて、再び翼を展開して浮揚。離れてしまったアルカラゴスを忌々しげに睨みつける。
そんな彼の表情にアルカラゴスは口の端をひくつかせ、大きく羽ばたくと更に高く舞い上がる。
そして、ちらと視線をエリオスから離す。そんな黒龍の視線の先は——
「——ッ! まさか、こいつ……!」
エリオスは表情を僅かに引き攣らせる。アルカラゴスの視線の先、そこにはシャール達が未だに海に落ちた者の救助を行なっている鑑があった。




