Ep.6-37
「――さて、空の覇者を気取る蛇もどき。尻尾を巻いて逃げ出す準備はいいかな?」
そう言って、エリオスは船首から伸びるバウスプリットに飛び乗って見せる。足元をちらと見遣ると、英雄神エイデスを象った船首像。それを見て、エリオスは皮肉っぽい笑いを零す。それから、再びアルカラゴスへと視線を戻したエリオスは口元に手を当てて、視線を鋭くする。
「さて、初めての造形だけど……目の前にいいモチーフがあるんだもの。大丈夫だろうさ」
そう言ってエリオスは、羽織っていた外套を甲板に向けて放り投げるとこれから運動でも始めるかのように肩から腕をぶんぶんと回す。身軽になった身体でエリオスはアルカラゴスを見遣りながら、口を開く。
「さて、普段とは違う展開のさせ方だからね。しっかりと詠唱を踏んで万全を期すとしよう――『刮目せよ、眼の眩むほど、賛美せよ、燃ゆる罪業を。眼を背けても、忘れず刻め。我が示すは大罪の一、踏破するは憂鬱の罪。私の罪は全てを屠る』」
エリオスはどこか上機嫌に、まるで口ずさむように権能を励起させるべく詠唱を謳い上げる。すると、彼の足元から黒いモノが彼の身体を包むように這い上がってくる。エリオスは目を閉じてそれに身を委ねる。
影はまるで繭のように柔らかく彼を包み込んだ。そんな彼の姿にアルカラゴスは目を細め、それから再び鱗を蠢動させる。今度は規則的な波のような蠢動——黒い雷が来る。
収束した雷は、アルカラゴスの咆哮と共に球体のままエリオスを包み込んだ影の繭に叩き込まれる。
凄まじい高エネルギーの奔流が凝縮されたソレが、接触する瞬間――風が吹いた。
それと同時に、黒い繭が弾け、雷の球が霧散する。
そして、その中からエリオスが姿を現す。
「――ふん、うまくいったみたいだね」
そう口にしたエリオスは、装いが大きく変わっていた。
その手足は黒い影に覆われ、その指先はそれぞれに鋭く尖り、まるで凶悪な肉食獣のよう。そしてなにより目を引くのはその背中、そこには大蝙蝠のような黒々とした翼が生えていた。エリオスは、ちらと背中に生えた翼を見て、それから満足そうに微笑んだ。
「ん……まあ、及第点かな? 鳥みたいな翼もありかと思ったけど。まあ、悪役にはこれがベターだよね」
そう言って、背中の羽根を閉じて拡げてを繰り返してから、エリオスは軽やかに跳躍する。それと同時に、背中の羽根が大きく羽ばたき空気を掴む。すると、エリオスの身体がふわりと宙を浮く。
「おお、これはいいね。『憤怒』の竜とはまた違う感覚だ」
そう笑いながら浮揚するエリオスを、アルカラゴスは驚いたように目を剥く。それからぎろりと睨みつけると、低い唸り声をあげる。そんな黒龍に、エリオスはにやりと笑って見せる。
「おや、誇りが傷つけられたかな? 空は自分の領域だっていう驕りが叩き潰されて怒ってる?」
そんな彼の煽るような言葉に呼応するように、アルカラゴスは全身の鱗を蠢動させながら咆哮する。そんな龍にエリオスはさらに続けた。
「安心しなよ。そんな傷なんて気にならないほどに、その誇りも驕りも粉砕してあげるからさ」




