Ep.6-35
「ここから先は、私が相手をさせてもらおうか」
エリオスはそう言って前へと進み出ると、薄ら笑いを浮かべたまま空中でこちらを睨み続けるアルカラゴスと対峙する。アルカラゴスは、泰然とした様子ながらにその爛々と輝く目で頭の先からつま先までエリオスを吟味するように観察する。
「――不躾だな」
エリオスはそう言うと、指をぱちんと鳴らしてみせる。その瞬間、彼の足元から伸びた影が、形を以て槍となり、一直線にアルカラゴスの眉間へと迫る。ほんの一瞬で鋭利な槍が目の前に迫ってきたことに、アルカラゴスは目を剥く。しかし、流石に伝説の魔龍、不意打ちの一撃にもすぐさま反応し、身体をわずかによじって頭部への直撃を回避する。エリオスの影の槍は、アルカラゴスの首元の鱗を掠めるにとどまった。
「ふうん、ずいぶんと動けるものだね。でも――」
エリオスがそう言ったとたん、幾筋もの影の槍が、エリオスの足元からアルカラゴスへと迫っていく。あれだけの数をエリオスが展開しているところは今まで見たことがない。それだけエリオスとしても油断を排しているというコトなのだろう。
槍衾のような猛攻に、アルカラゴスは最初は逐一躱していたものの、やがて捌ききれないと悟ったのか、身体を大きく翻して高く舞い上がると、艦の真上に舞い上がる。エリオスはそれを追おうと顔を上げるが、不意に表情を硬くする。
彼の視線の先、アルカラゴスの鱗が再び蠢動を始めていた。また稲妻が来る――エリオスはそう直感して、展開していた槍を頭上のアルカラゴスへと差し向ける。
しかし、次の瞬間アルカラゴスの鱗が先ほどまでとは違う蠢動をし始めた。先ほどまでの蠢動が打ち寄せる波のような規則的なものであったとするならば、今目の前で震えるあの鱗はまるで次第に強く、打ち付けるように激しく荒れた心臓の鼓動、あるいは地震のような不規則な――
「――あ、やば……」
エリオスの口から、ふいにそんな声が零れる。次の瞬間、エリオスは今まさにアルカラゴスに届かんとしていた影の槍を退き、自身の足元へと収める。
そしてエリオスはその場に膝をつき、振り上げたこぶしを自身の足元の影へと叩き込む。その瞬間影は甲板を、マストを――船体すべてを黒く塗りつぶすように広がった。
それからエリオスはちらとシャールや将兵たちの方を振り返るとため息交じりに口を開く。
「――諸君、伏せてどこかに掴まっておきたまえ」
「は? な、何を言っているんだ……そもそも貴様は……」
「いいから。溺れ死にたくないのなら言うとおりにしたまえ」
彼の言葉が飲み込めずに、反論を口にする将兵たちにエリオスは少し苛立った様子でそう言った。そんな彼の言葉に、シャールはしたがってしゃがみ込む。それを見た兵士たちの何人かは、彼女に倣ってエリオスの言う通り身を低くかがめて、エリオスの影で黒く染まった船の何処かしらを掴んだ。
その間にも、アルカラゴスの鱗の蠢動は大きくなっていく。次の瞬間、ひときわ大きく、骨まで揺らすような咆哮が響く。そして――
「――ッ! な、に……こ、れ」
アルカラゴスの身体が、周囲の空気が大きく歪む。それと同時にドンという重い音が鼓膜を揺らし、シャールの身体にすさまじい重圧がかかる。艦のあちこちから軋む音がして、エリオスの言葉を聞かずにその場に立っていた将兵たちは、すさまじい勢いで空を走ったナニカに吹き飛ばされ、海へと落ちていく。
重圧が消え去った後に、ゆっくりと立ち上がったシャールは、背後から響いていた幾重もの絶叫に振り返り、そして目の前の光景に青ざめる。
シャールたちの乗る艦の両隣と後方の軍艦、それらが軋み、砕け、崩壊していく。その様にシャールは言葉を失った。




