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Intld.I-vii

「さてと、これで一通り館の中の必要そうなところは案内したかしら」


黒い館の東端にそびえる物見の尖塔、この館で最も高い位置にある部屋。そのバルコニーの手すりにもたれかかって、アリアはそう言った。バルコニーからは、遠くの青黒い山並みや緑の絨毯のような木々の茂りを一望できた。シャールはアリアのとなりに立って、バルコニーの手すりに両手を置いた。冷たい感触が、少し火照った身体に流れ込む。シャールはすうと大きく息を吸って、肺の中の空気を入れ替える。

遠くから鳥が鳴く甲高い声が響くのが聞こえた。良い景色だ——張り詰めていた緊張感が、少し解けた。

そんなシャールの表情を見て、アリアは「んー」と何かを思案してから、思いついたようにぽんと手を叩く。


「——そうね、アンタの部屋ここにしましょうか」


「え?」


事もなげに言うアリアにシャールは怪訝そうな顔をする。そんなシャールに、逆にアリアも怪訝そうな顔を浮かべた。


「何よ。不満?」


「え、いや。不満というか――部屋、下さるんですか?」


「いや、アンタどこに住むつもりだったのよ」


「え、廊下の片隅とか地下牢とか?」


アリアの案内で巡ったこの館の施設を思い出す。シャールが「検体」「所有物」なら、それくらいの扱いが妥当だと思うのだが——対するアリアはこれ以上ないほどに「ドン引き」を体現するような表情を浮かべている。大きく肩でため息を吐いて、アリアはやれやれと首を横に振る。


「んなわけないでしょーが。ったく、アイツの悪役仕草にも困ったもんね‥‥‥めちゃくちゃ誤解与えてるじゃない」


そう誰にともなく吐き捨てると、アリアはかつかつと石の床を踏み鳴らしてバルコニーから離れる。そして、部屋の中をじろじろと見まわした。むき出しの石壁と、雑に据え付けられた燭台。塔の形は十角形で、そのうちの四つの面にはステンドグラスの窓と、紫色のぼろぼろのカーテンがかかっている。


「カーテンは変えなくちゃね。壁紙は‥‥‥まあ、軽く貼っておきましょうか。それと——」


続けてアリアは、部屋の隅を見遣る。紫天鵞絨の布に覆われたオルガンとスツールが埃をかぶっていた。それ以外の家具はない。


「——ベッド、クローゼット、机と椅子、ドレッサー‥‥‥他に何かいるかしら」


そう言って、アリアはシャールの方を見る。シャールはぶんぶんと音を立てるほどに首を横に振る。アリアは「あっそ」と短く返すと、くるりと踵を返す。


「あとは服ね。まあ、それはそのうち買いにでも行きましょうか」


アリアはシャールに向かって微笑みかけた。その笑顔が、瞳が。背筋が凍るほどに美しくて、シャールは言葉を出すことが出来ないままに、こくりと頷いた。



§   §   §



それから少しして、シャールに与えられた部屋の模様替えが、アリア指導の下エリオスの手によって行われたらしい。黒くシックな壁紙に、金色の燭台が4つ、青白い火を灯している。カーテンは、紫色の代えがなかったのかモスグリーンの色の厚手のものに替えられていた。冷たかった石床には黒っぽいワインレッドの絨毯が敷かれ、その上にはいくつもの家具がならんでいる。

黒く薄いレースの天蓋が設えられたベッドにぽすんと腰を落として、シャールはほうと息を吐く。カーテンの隙間から漏れ出る光に目を細め、シャールは石像のように固まっていた身体をベッドに沈みこませる。

シャールが今まで体験したこともないほど柔らかなベッド。雲に寝ることができるなら、きっとこんな感覚なのかもしれない——などと、シャールは一人思う。


「あの人たちは——何なんだろう」


ぽつりとシャールは零す。

結局、あの二人の正体ははぐらかされてしまったように思う。圧倒的な力を持ちながら、「悪役」として振舞うエリオス、そんな彼の「御主人様」なのに、親切にも部屋を設えてくれたアリア。彼らの顔を思い浮かべながら、シャールは目を閉じる。

憎かった彼らに向ける感情が揺らいで歪んでいくのを感じる。彼らの正体、彼らの目的——いつかそれを知ったとき、自分は自分の使命を果たせるのだろうか。

そんなことを思いながら、夕陽の差し込む部屋の中でシャールは少し早い眠りについた。

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