Ep.6-27
「――身勝手な言葉だとは分かっています。皆、命は惜しいでしょう。見たこともない神のため、あるいは世界などと言う抽象的なモノのために命を捧げよ、身を預けよと言われれば、おそらく多くの者が抵抗感を覚えるでしょう」
ユーラリアは静かな声で全軍に向けて語り掛ける。その言葉に、この場に集った多くの者たちが動揺する。まるで戦に向かう者たちの後ろ髪を引くような言葉。そんなものを出陣前の式典で公然と口にするなど、士気を下げてしまうのではなかろうかという不安がテラスで居並ぶ者たちには浮かぶ。そんな中でも特に、統制局長の表情は硬かった。握りしめられた拳はわなわなと震え、唇も同様に震えている。彼からすれば、全軍の前でつい数瞬前にぶち上げた演説を全否定されたようなものなのだ。内心穏やかでいれるはずもない。
そんな彼らの反応を見ながら、ユーラリアは続ける。
「残してきた家族がある者もいるでしょう。叶えたい夢がある者もいるでしょう。果たすべき努めがある者もいるでしょう――そんな各々の願いを持つ皆を、こうしてこの場に呼び集め決死の戦線へと繰り出さんとすること、許してほしいとは思いませんが、どうか謝罪させてください」
そう言って、ユーラリアは深々と頭を下げた。そんな彼女に、一斉にその場がざわめく。仮にも、『神の代理人』と呼ばれ、この地上で最も権威ある存在である最高巫司が、一介の兵士や騎士たちに向けて頭を下げたのだ。
「――猊下!」
見かねたように統制局長が、小声で咎めるような声を上げる。しかし、ユーラリアはそれに応じることもなく、ゆっくりと頭をあげる。その目には先ほどまでの悲しみと憂いを帯びた夜の水面に映る月のような淡い光ではなく、あまねく地上を照らす太陽のような強い光が宿っていた。
「ですが、それでもなお、私は貴方たちにお願いする――このまま魔王の力が拡大し、その手が世界の全てに及べば遥か昔に神が敷いた世の秩序は乱れ狂い、世界の全てがレブランクのように崩壊し、荒廃してしまうことでしょう。このままでは、貴方達の大切なモノもまた壊されてしまう――私は偏にそれが恐ろしい。貴方達は?」
淡々としていた彼女の言葉が徐々に熱を帯び始める。その言葉に、聞く者たちの意識が徐々に吸い寄せられていく。
「貴方達はどうですか? 恐ろしくはないですか? 自分たちの手の届かないところで、自分の日常が、ささやかな願いが、秘めたる夢が、守りたいものが壊れていくのをただ見ていることが。私は恐ろしい、明日が壊れることが恐ろしい――だから」
そこまで言って、ユーラリアは権杖を高く掲げる。そしてそれからぱっと手を放す。からんからんと音を立てて、権杖がテラスの床に転がる軽やかな音が響いた。空になった彼女の手に、聴衆の視線が集まる。その手はゆっくりと彼女の腰へと回り、そして――
「だから、私は戦う。戦陣に立ち、魔王を打ち倒すために戦う、神の代理人たる最高巫司としてではなく、ただ明日を守るために戦うのです!」
そう言ってユーラリアは空いた手でつかんだ腰の聖剣を抜き放ち高くその刀身を空に掲げる。その瞬間、彼女の掴んだ聖剣の刀身からははちみつ色の強く暖かな光が放たれる。
溢れる光の中、ユーラリアは問いかける。
「さあ、貴方達は?」




