Ep.6-26
「——各国より神の法と教えを護らんと集いし者たちよ。まずは我らが求めに応じ、この場に参じてくれたことに感謝を申し上げる」
統制局長が一歩進み出て、全軍の前でそう声を上げた。拡声の魔術でも展開しているのだろうか。声を張り上げているでも無いのに、びりびりと神殿と全軍の集う広場が震える。
その声の重々しさと、そこからにじみ出る存在感はあの枯れ枝のような身体には見合わないほどで、その様はなるほど教会組織にて最高の地位にまで成り上がっただけのことはあると感じさせる凄みを帯びていた。
その見た目との差に居並ぶ兵士たちが圧倒される中、それを満足げに見下ろしながら統制局長は続ける。
「これより先始まる戦いは、苛烈を極めることになるだろう。多くの者が命を失うやもしれない。されど恐れることはない――何故ならば、これは我らが神を守る戦いであるからだ」
その言葉に、僅かに兵士たちの間でどよめきが走る。シャールやリリスも僅かに違和感を感じた。「神を守る戦いである」——それがどうして、この戦いで命を失うことを恐れることはないという結論に結びつくのか理解が及ばなかったのだ。
そんなどよめきの中、統制局長は拳を握りしめて語気を強める。
「この戦いに殉じた者には、必ずや神の国の扉が開かれ、安楽なる世界へと導かれることだろう。そして、諸君の名は神と世界を救った英雄として未来永劫残り続ける! このような名誉なことがあるだろうか!」
「——ッ!」
「嗚呼、諸君のごとく神に身を捧ぐ尖兵たれる者を、羨ましい喜ぶがいい諸君、貴殿らの未来はそれが生存であれ死であれ、神の祝福と至高の栄誉で飾り立てられている!」
そう言って統制局長は強く握りしめた拳を高くつき上げる。それと同時に、眼下の広場の一角からそれに応えるような咆哮が上がった。咆哮はゆるやかに、最初に声を上げた一団から波及していくが、総じてさざ波のようなものだった。
見ると、最初に声を上げた一団は聖教会――それも掲げた旗印から見るに教義聖典官の騎士や兵士たちのように見えた。どうやら、聖教会の身内には統制局長の言葉は響いたようだけれど、それ以外にはあまり受けはよくなかったらしい。
そんな広場のあまり芳しくない反応に、統制局長は不服そうな表情を一瞬浮かべながらも、直ぐに貼り付けたような笑顔を浮かべて一歩下がると、ちらとユーラリアの方を見やる。次はそちらの番だということなのだろう。
ユーラリアは薄い笑みを浮かべたまま、一歩前に進み出る。そして、すうと息を吸うとその表情から笑みを消して口を開く。
「統制局長殿からもありましたが、私からも改めてこの場に集われた皆様にはお礼を申し上げます。此度の魔王との戦いは、まさしく前例の無い事象ばかり。戦況も、常に有利と運ぶかは分からない——そんな戦いです」
静かな、雨垂れのような透き通った声でユーラリアは語り始める。その声には統制局長のような存在感や凄みは無いけれど、乾いた土に水が染み入るような感覚を聞くものに与える。
ユーラリアは目を閉じて悲しげにふるふるとかぶりを振る。そして、強く目を見開き居並ぶ軍勢を構成する兵士や騎士、将帥たち一人一人の顔を見るように広場を見渡し、そして続ける。
「それでも、私は伏してお願いいたします。皆様の命、神とその子たる全ての人々のために私たちに預けてください」




