Ep.6-25
軍議が終わってから丁度半刻経った頃、シャールは神殿のテラスに立っていた。眼下には万単位の軍勢が居並び、出陣式の始まりを待ちながら、こちらを見上げている。
こんな大勢の人たちの前に立ったことなど無いシャールは、膝がガクガクと震えているのを何とか耐えて、その場に立っている。
同じように、テラスに立っているのはレイチェル、ザロアスタ、エリシア、リリス。
エリオスの姿はここには無い。軍議が終わった後にシャールは彼に出陣式のことを伝えたけれど、「私が人前に大っぴらに出たら混乱させるだろう? 私は陰から見守ってるさ」と言って、この場に立つことを彼は固辞した。
実際、義勇兵たち中には旧レブランクの民や兵士たちがいると聞く。そんな彼らの前で、エリオスが聖剣使いや最高巫司、統制局長と並んでいたのでは軍全体の士気にも関わる。
最高巫司や統制局長も「彼はあくまで隠し弾だから」ということで、この場に彼が立たないことについては許容していた。
きっと、この軍勢のどこかに混じってか出陣式の様子を見ているのだろう——シャールが緊張して情けなく震えている様も含めて。
そんなシャールに対して、レイチェルとザロアスタは何ということもなさげに泰然とそこに立っていて、エリシアはいつも通りのどこかだらけたような様子。リリスも目を閉じて凛とした佇まいで時が来るのを待っている。
そんな彼らの様子に、とことんまで自分がこの場にいることの場違い感を叩きつけられる。
そんな中、テラスの上の騎士たちが儀仗を高く掲げる。
「——最高巫司猊下、ならびに統制局長閣下の御出座しである!」
そんな声が響くとともにテラスの背後の大扉が重々しい音を立てて開く。その瞬間、居並ぶ騎士たちが軍靴の踵を打ち鳴らすように揃える。それと同時にざわめいていたこの空間がしんと静まり返る。
かつん、かつんと大理石の床を踏み鳴らす音が二つ聞こえてきた。
シャールは背後を振り返り、息を呑む。
天鵞絨の光沢ある教皇服に身を包み、頭には豪奢な司教冠を載せた統制局長が権杖をつきながら扉の向こうから現れる。彼は扉から一歩踏み出すと、立ち止まりその手を奥にいる彼女に差し出す。
細くしなやかな指が統制局長に触れるのと同時に、彼女がテラスへと現れる。その姿にシャールは思わず息を止める。
白い髪をそよぐ風に揺らしながら現れたユーラリアの姿は歴史を超える宗教画と見まごうほどに美しかった。
これから正に戦に赴かんとする彼女は、先ほどまでとは違い、ドレスの上にに鎧を纏っている。しかし、その鎧は彼女のしなやかな身体にしっくりとくるように、ドレスと合わせても違和感のないように誂えられている。
深窓の令嬢のようだった先程までとは違う、純白の戦乙女とでも表現すべきその姿は同性であるシャールすら見惚れてしまうほどに、至高の芸術品のような美しさだった。
そんな彼女が姿を現すと同時に、その場にいるほぼ全員が感嘆の息を漏らした。
二人はゆっくりとテラスの際まで進むと、互いに権杖の先を交差させて立つ。
「——これより、最高巫司猊下ならびに統制局長閣下による連名の勅令を賜る」
ざわめきの中、騎士の一人がそう宣言した。




