Ep.6-23
「『力』のアルカラゴス……?」
聞きなれないフレーズに、シャールは口の中でそれを復唱してみる。しかし、記憶の中をいくら手繰っても、聞き覚えが無いモノは無いのであって、シャールは観念して隣のリリスにこそこそと問いかける。
リリスは唇に指を当て「私も詳しくは無いのですけれど……」と前置きしたうえで耳打ちするように答える。
「『力』のアルカラゴス――その呼び方は彼の龍の二つ名であり、ある種の蔑称でもあります。言語による意思疎通はできないので、その真意は分かりませんが、力を貴ぶという習性を持つのがその銘の由来です」
「力を……貴ぶ?」
「如何なる贄を捧げても、如何なる手段を尽くしても彼の龍は自分よりも弱い存在には従うことは無い。逆に、自分より強い者ならば、その相手がどんなに卑劣でもどんなに自分と相性の悪い存在でも従う。自らの身の振り方を彼我の『力』の差でのみ図るという習性を指してそう表現されるのです」
「……なるほど?」
リリスは資料に目を落としながら訥々と語る。
それだけ聞けば、さして特筆すべきことでもなように思える。強いものに従う、生き物が生存を図るためには当然の姿勢ともいえる。
そんな彼女の少し納得いっていなさそうな表情に、リリスは苦笑を漏らしながら続ける。
「尤も、それは生物としてはある種当然のあり方でしょうね。生存のため、という観点からすれば。ただ、一般的に龍という生き物はプライドが高い生き物であると言われていますし、その中でも彼の龍は『厄災』と恐れられるほどの力を持っている。にもかかわらず、そのような習性をもつという事実は、人間の武人の目からすれば、『力に屈するばかりの誇りのない浅ましき龍』と見られてしまう——それが『力』のアルカラゴスという蔑称の意味するところですわ」
尤も、アルカラゴスが従うような存在というのは中々現れるものではないのですけれどね――とリリスは付け加える。そんな彼女の言葉にシャールは更に問いを重ねる。
「『厄災』……具体的には……?」
「そうですわね。あくまで伝説上の話ではありますが、かつて暗黒大陸にて栄えた魔物の国を、気まぐれに一晩で滅ぼしたとか、世界の半分を征服しかけた八百年ほど前の魔王が服従を迫ってきた際には、あっさりと殺したとか。可愛らしいものでは、寝床が寒かったので地面を穿って火山を作り上げ、噴出する岩漿で暖をとったとかいう話も……」
「ええ……」
想像以上の厄災ぶりに、シャールは思わず絶句する。
そしてそれと同時に、そんな暴君じみた龍――否もはや厄災そのものたるアルカラゴスを従わせる当代の魔王の力に戦慄を覚える。その戦慄はこの議場にいる誰もが共有しているようで、重い空気がこの空間を支配していた。
そんな重い空気に追い打ちをかけるように、レイチェルはさらに口を開く。
「では最後に、黒龍アルカラゴス、今もってその正体が判ぜられぬ『悪魔』ナズグマールを従え、不遜にも『神の敵対者』を名乗り暗黒大陸を支配する者――我らが討伐すべき最終目標である魔王モルゴースについてお話をさせていただきたく存じます」




