Ep.6-19
晩餐会の終わった後、展望室にはユーラリアとレイチェルだけが残っていた。展望室のテラスで黄金のゴブレットを揺らすユーラリアはふと口を開く。
「――改めてお礼を言わせてもらうわ、レイチェル。よく、彼らを集めてくれましたね」
「光栄至極です」
短くそう答えたレイチェルに、ユーラリアは嫣然と微笑む。そしてゴブレットをぐいと傾けて中の果汁を楽しみながら、ほっと小さく息を吐いた。
そんな彼女を横目に見ながら、レイチェルは少し不安そうに眉を寄せる。そんな彼女にユーラリアは首をかしげて問いかける。
「何か不安なことでもあるのかしら? 私の騎士様」
「いえ――私は未だに、少し不安なのです」
「エリオス・カルヴェリウスのことかしら?」
ユーラリアが口にした名前を、レイチェルは無言で首肯する。そして少しだけ躊躇いがちに、辺りを伺いながら続きを口にする。
「彼の従軍の理由は未だ明らかになっていません。曰く、彼の主人であるアリア嬢のため――ということですが。土壇場で裏切らないとも限りません」
「あら、でも彼はそれを否定したのでしょう? 望むのなら誓約の術式を使っても構わないというほどに」
誓約の術式は、強力な執行力を持つ呪いだ。誓約した者は、その内容を反故にした場合、すさまじい苦痛にのたうち回った果てに悶死することになるという。一度結ばれれば、不死者だろうと高位の魔術師だろうとその誓いと制裁からは逃れられないという運命や摂理すら歪めるとされる魔術であり、シンプルな効果ながらにその絶対的かつ無慈悲な効力ゆえに使われることはほとんどない。
故に、魔術師がそれを持ちかけるというだけでも、命を賭した覚悟があるという意味合いを持つことになるのだ。
「それはそうなのですが……やはり、何か裏があるように思えて……」
レイチェルはそう言って眉根を寄せる。そんな彼女にユーラリアは口元に手を当てながらくすくすと笑う。
「それはそうでしょうね。十中八九、彼には何らかの目的があり、それは私たちには開示されていないもの。そして開示されていない以上、私たちにとってはあまり都合の良いものでは無いでしょうね——例えば、魔王に成り代わるとか?」
「な——!」
ユーラリアの言葉にレイチェルは思わず絶句する。ユーラリアは唇に指を当てながら、空の星を見上げる。
「考えられない話では無いのでは? 彼は、魔王を倒すまでは共闘すると言って、その言葉に誓約の術式を噛ませることを提案したのでしょう? つまり、魔王を倒した後ならば、敵に回ることも十分にあり得るのでは?」
「それは……確かに。でしたら尚のこと——」
「当然彼への警戒は強めておきます。ですが、例えエリオス・カルヴェリウスが敵に回ったとしても、私たち聖剣使いと賢者リリス、ザロアスタ卿だけで十分に抑え込める。いえ、なんでしたら——」
そこまで言うとユーラリアは言葉を切って、にんまりと微笑む。先程の少女らしい顔とは少し違う、策謀家じみた顔。そんな彼女の表情に、レイチェルは思わず息を呑む。
「いっそ、魔王を倒した後にシャールさんとの約定を履行してしまうことにしましょうか」
「それは……つまり……」
レイチェルの言葉にユーラリアは目を細めて、小悪魔じみた笑みを浮かべる。
「レイチェル卿、件の面々に伝えなさい——この戦役、魔王討伐が完了した後に私たちは即時にエリオス・カルヴェリウスの討伐へと作戦を移行すると」




