Ep.6-16
「――それが何だというのでしょう?」
ユーラリアの言葉に、その場がしんと静まり返る。彼女のそんな言葉はエリオスにとっても予想外だったようで、その表情からは色が消えていた。ユーラリアはちらとレイチェルに視線を向け、目を細める。そんな彼女の表情から察したように、レイチェルは深く息を吐くと席に座る。
それを見届けると、ユーラリアは微笑みをエリオスに向ける。
「エリオス・カルヴェリウス――重ねて問いましょう。私が教会という組織を、人を、魔王を、神を利用していたとして、それが何だというのでしょう。策謀? 悪辣? 偽善者? 背教者? そう罵りたいのならばお好きにどうぞ。今更ですからね――教義聖典官の構成員たちからはとっくにそんな風に思われていますもの」
ユーラリアの言葉をエリオスは眉根を寄せながら黙って聞いていた。そんな彼にユーラリアは続ける。
「罵る言葉も蔑む視線も、私が歩みを止める理由にはなりません。確かに私は多くのモノを利用しています。守るべき民も、使えるべき神も――何もかも利用しつくし、私は私の理想を叶えようとしている。でも、それは私の理想が正しいと信じるが故です」
そんなユーラリアの言葉に、エリオスは短い笑い声を漏らしてから、口の端に意地の悪い笑みを浮かべて問いかける。
「君は自分が絶対的に正しいと信じているのかい?」
「ええ」
「あは、お笑い種だね――この世の多くの邪悪は、自分を正しいと信じる狂人が為すものだよ?」
嘲笑うエリオス。そんな彼の言葉にシャールはどきりと胸を掴まれるような感覚を覚える。彼の言葉はユーラリアだけではなく、レイチェルやシャールたちのような信ずる正義を奉じエリオスを打倒せんと考えている者まで刺しているように思えたから。自分のことを傲慢で、顧みることのできないどうしようもない者だと言われているような気がしたから。
しかし、そんな毒の塗られたナイフのような言葉を打ち込まれても、ユーラリアは笑みを絶やさない。
「こちらこそお笑い種ね、エリオス・カルヴェリウス。私は人も世界も神をも巻き込んで、命を懸けて理想の実現を願い動いているの――熟慮は重ねた、反省も重ねた。その果てに私はこうして動いている。そうして作り上げた疑う余地のない理想が今私が目指すモノ。そもそも、自分が絶対的に正しいと信じられない理想のためにここまでするわけがないでしょう」
ユーラリアは微笑みながら、それでいて強くはっきりとそう言ってのける。そんな彼女の答えを半ば予想していたかのように、エリオスは忌々し気な苦笑を浮かべる。
そんな彼の表情を見て、ユーラリアはいっとう愉し気に笑う。
「狂人と言うのならそうなのでしょう。そもそも、『神の代理人』なんて大仰な銘を与えられて、ここまで生きてきた私が普通な訳がないでしょう?」
「ふうん。そう――そこまでキマっちゃってるんだ。ふふ、それならいいよ。いや、それがいい。そうでなくちゃね」
エリオスはそう言って両手を軽く上げて降参のポーズを見せる。そして、にんまりと笑う。
「それぐらいの極まった精神をしている方が、私好みだ」




