Ep.6-11
最高巫司を前にして、跪くこともなくその場に腕を組みながら立っているエリオスの姿を見た瞬間、シャールは血の気が引くような感覚を覚えた。こんな最高巫司を見下ろすような姿勢をとって、不敬ではないのだろうか。場合によってはもめ事に発展するのではないかと。
しかし、レイチェルや騎士たちは眉間に皺こそ寄せながらも、それを口に出して咎めることはせず、当の最高巫司に至ってはどこか愉し気に笑ってすらいる。
恐らく、事前にユーラリアかレイチェルがエリオスとのもめ事を厳に慎むように伝えていたのだろう。この場で争いにならないように、エリオスに口実を与えないように。
「これはご丁寧に――歓迎感謝いたします。レディ・ユーラリア」
エリオスはそう言うと、わずかに苦笑を零しながら胸元に手を当てて軽く腰を折る。そんな彼の態度にシャールは少し驚いた。彼が誰かに――アリア以外に頭を軽くでも下げるだなんて。とはいえ、彼としてはきっとこれは単なる「人としてのマナー」程度のものだったのだろう。すぐに不敵な笑みを浮かべる。
そんな彼に、ユーラリアは少し眉をぴくりと動かしながら、目を細める。
「公式の場で名を呼ぶのはおやめなさい。『猊下』をつけろとは言いませんが、私は今ユーラリアとして立っているのではなく『最高巫司』として立っているのですから。そのように」
「――これは失礼」
ユーラリアからの反駁にエリオスは予想外とでも言うような少し驚いたような表情を浮かべる。そんな彼の返答に満足したようで、ユーラリアはゆっくりと頷くと、踵を返して玉座へと戻る。
そして、玉座に腰かけると凛然とした表情のまま、眼下の者たちに告げる。
「開戦の勅令は明日の正午、統制局長と連名で発布します。それまで時間もあることですし——皆、長旅で疲れていることと思います。今宵は、我が離宮にて細やかではありますが私的な晩餐会を催させていただきもてなしをさせていただきたく思っています」
そうユーラリアが言ったのとほとんど同じタイミングで、エリオスたちの背後、彼らが入ってきた扉の向こうがざわめく。「困ります!」「お待ちください!」そんな騎士や衛士たちの声が響いてくる。
そんな彼らの声を押し切るように扉が開かれる。そこには、紫色のマントを羽織り、頭には同じ色を基調とした司教冠を載せた男が立っていた。
目元や口元に柔和そうな皺を刻んだ、痩せた老人。それでいて、その瞳は梟のような知性の光を帯びている。
男は月と水の意匠を施した権杖を突き鳴らしながら、ゆっくりとエリオスやシャール、エリシアやレイチェルたちの間を通り抜けて最高巫司の玉座の前に立つ。
そんな彼を見下ろしながら、ユーラリアは怪訝そうな表情を浮かべ、低い声で問いかける。
「わざわざ神殿までお越しになられるとは……ご訪問の予定は無かったかと思いますが——統制局長殿」
ユーラリアのどこか不服そうな表情に、男——アヴェスト聖教会教義聖典官統制局長は不敵な笑みを浮かべた。
先日金ローのヴァイオレット・エヴァーガーデンを二週分まとめて見た結果、色々情緒がやばいことになりました。




