Ep.6-10
玉座の左右に控える騎士がそう叫んだのと同時に、この空間にいる騎士たちが一斉に儀仗を構える。それと同時に、レイチェル、エリシア共にその場に跪き、リリスもゆったりとした動作でそれに続く。シャールも一拍遅れてその場に膝をついて首を垂れる。
それどほとんど同時に、かつんかつんと大理石の床を踏み鳴らす音が遠くから響く。その音はだんだんと近くなり、そしてちょうどシャールたちの正面で止まると、柔らかに誰かが玉座に腰掛ける衣擦れの音が聞こえた。
「顔を上げなさい」
可愛らしく、それでいて凛然とした声が響いた。例えるのなら、その甘さに反して美しさやしなやかさ、鋭さを併せ持つ飴細工のような声。
シャールはその声に従うように顔を上げ、そして思わず息を呑む。
玉座に座るのは、シャールと年の頃はほとんど変わらないであろう少女。透き通るような銀色の髪が緩やかにウェーブを描き、ふわりと広がっている。大きな瞳は、愛らしさを感じさせるより先にその意志の強さを覗かせる。
「――皆、長旅御苦労さまでした」
薄い唇からこぼれる言葉の一音一音に、シャールは思わず聞きほれる。硝子の転がるような玲瓏の響きは、彼女自身からあふれ出るその威厳と相俟って、女神の声のようにも聞こえる。
そんな彼女は自身の眼下に跪くレイチェルとエリシアに視線を落とす。
「我が騎士レイチェル・レオンハルト、ヴァイストに選ばれし勇者エリシア・パーゼウス。両名、我が命の達成に力を尽くしたこと、感謝します。よくぞ無事、稀人をここまでお連れしてくれました」
「――光栄の極み」
少女の言葉に、レイチェルは深々と頭を下げ低く落ち着いた声でそう返した。エリシアもレイチェルほどではないまでも軽く頭を下げてそれに応じる。
二人の反応を確認すると、少女はレイチェルたちの背後にいるシャールたちへと視線を向ける。
「さて、客人の御三方。まずはご挨拶を――よくぞ我が求めに応じてこの場に参上してくださいました。私はユーラリア・ピュセル・ド・オルレーズ。当代における、アヴェスト聖教会最高巫司です」
最高巫司——ユーラリアはそう言うと、ゆらりと立ち上がり一歩前に踏み出した。その手には、細緻な装飾を施された権杖。その先端には太陽と炎の意匠が施されている。そしてその腰には、金色の細い鎖の装飾が施された鞘に収まった剣。おそらくあれが、歴代の最高巫司を選ぶ聖剣マナフなのだろう。
「——西方の賢者リリス・アルカディス。アメルタートに選ばれし勇者シャール・ホーソーン。レブランクの亡き王子ルカントの意志を継ぎ、此度の戦役でその力を存分に奮っていただけることを期待します」
「——は、はい!」
目の前に立って語りかけるユーラリアに、シャールは緊張のせいで思わず上擦った声をあげてしまう。そんな彼女の失態にユーラリアは特に反応を示すでもなく、満足そうに無表情のまま頷く。
「ご期待に沿うべく、努力いたしますわ」
リリスはそう言って胸元に手を当てて頭を下げる。流石にリリスはルカントの側にいただけあって、地位の高い人間との接し方に慣れているようだ。シャールはそんな彼女の姿を見て、自分の無様さに顔から火が出そうになる。
ユーラリアはリリスに対してもこくりと頷くと、二人の間を通り抜けてさらに歩みを進め、そして対峙する。
「そして、エリオス・カルヴェリウス——レブランクを滅ぼし、我が騎士たちを退けた者。ようこそ、聖教会大神殿へ。歓迎しますよ」
ユーラリアはそう言ってエリオスを見つめながら、無表情を崩して口の端に不敵な笑みを浮かべた。
中々久しぶりのお目汚しですが……
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