Ep.6-8
白絹のように広がる滝と聖火を掲げる柱たちを横目に階段を上り切り、神殿の入り口へと至る二人。そこにはレイチェルが立っていた。その背後には四人ほどの騎士たちが控えていて、彼女が聖教国の重役であるという事実を改めて感じさせられる。
レイチェルは夕焼けの茜色の光の中に現れた二人の姿を目を細めながら確認すると、口を開く。
「――来たか」
「ごめんなさい。お待たせしてしまって」
シャールが恐縮したように頭を下げると、レイチェルは表情を緩める。
「構いませんよ。ここまで強行軍でしたし、この先はそれ以上の強行軍です。休めるうちに休んだ方がいいでしょう」
そう言うと、レイチェルはまたすぐに表情をきりりと引き締めて、軍靴の踵を揃えて打ち鳴らす。それと同時に、彼女の背後に控えていた騎士たちが規律の整った動きで両端へとよけて道を開ける。そんな彼らの動きに満足げに頷きながら、レイチェルは高く通る声を上げながら、慇懃に腰を折る。
「――聖剣使いシャール・ホーソーン嬢、ならびに魔術師エリオス・カルヴェリウス卿。よくぞおいで下さいました。どうぞ、最高巫司猊下以下我ら聖教会の一同、御来訪をお待ちしておりました」
そんな彼女の対応にシャールはどこか気恥ずかしさを覚える。まるで自分がどこかの貴族か何かにでもなったようで落ち着かない。一方のエリオスは苦笑を漏らしながらも、泰然とその応対を受け入れている。
「どうぞ、こちらへ」
レイチェルはそう言うと二人を先導して神殿の中へと入って行く。エリオスとシャールは、何か口を挟むでもなく、その後を追う。
神殿の内部は、様々な神話的な意匠をあしらった装飾や調度品に飾り立てられていた。磨き上げられた大理石の床、内部を走る清澄な水路、その水面に移る炎の色、漂う香の香り。全てが幻想的で、まさしく聖域というに相応しい。
「——これは……想像以上だね……」
エリオスもその雰囲気に圧倒されたのか、幽かな声でそう零し足取りが少しゆっくりになる。
「最高巫司猊下がいらっしゃるのはこの先です」
二人の先を進むレイチェルはそう言うと、奥の大きな扉の前に立って、その横に置かれたベルを鳴らす。
その瞬間、地鳴りのような音と共に扉が開いた。
「ついてきてください」
レイチェルはそう言うと扉の奥へと進んでいく。シャールたちもそれに倣って、扉を潜る。
その先にあった空間は、静謐な空気に包まれていた。奥にはベールに覆われた、豪奢な大理石の玉座。そしてその背後には神話の一場面を切り取ったのであろうフレスコ画。
まさしく、世界的宗教の最中枢に相応しい威容の空間だった。
「——ん……猊下は何処に?」
レイチェル卿は不意に表情を曇らせる。
彼女の視線の先、玉座に本来座るべき彼女の主人の姿が見えなかったからだ。
レイチェルは玉座の側に控える騎士たちに視線を向けるが、彼らは苦笑を漏らすばかり。
そんな彼らの反応に眉根を顰めるレイチェル。そんな彼女の疑念に応える声が響く。
「——猊下は気を遣って退出してくださったのですわ。私と、そこの二人のために」
懐かしい声が背後から響いた。その声に、シャールは思わず全身を震わせ、反射的に振り返る。
そして、その先に立っていた彼女の姿に言葉を詰まらせ息を呑んだ。そんなシャールの顔に、彼女は照れ臭そうな笑みを浮かべながらそっと触れた。
「お久しぶりですわね。シャール」
「——リリス、様……!」
そこには、かつてルカントの下で共に旅をした女賢者リリスが立っていた。




