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Ep.6-5

「やぁ、久しぶりだねレイチェル卿。遅れて悪かったね」


微塵も悪いとは思っていなさそうな笑みを浮かべながら、エリオスはアリアとともに食堂室へと入ってきた。

そんな彼の登場に、レイチェルはわずかに身構えながらも口の端には苦笑を浮かべていた。


「遅いお帰りでしたわね。心配しました」


「どこに行ってたんですか?」


問いかけるシャールに無言で微笑みながら、エリオスは食卓の上座に悠然と座る。どうやら彼女の質問には答えるつもりはないらしい。

そしてちらとレイチェルを一瞥すると、目を細めた。


「さて……出発はいつかな?」


「出来ることなら今すぐにでも。出陣式までにはまだ余裕はありますが、その前に貴方と最高巫司猊下がお話しをされたいと言うことですので」


「……へぇ。それはそれは、光栄なことだね」


全くもって無感動な声音と表情で白々しくそう宣うエリオス。そんな彼にレイチェルは続ける。


「そういう訳ですので、ご準備をされるのならなるべくお早めに……聞いたところ、エリシアとシャールは準備ができているそうですからね」


「嗚呼、そうなの。うん、私も大丈夫だよ」


エリオスは軽々とそう答えた。そんな彼の言葉に頷きながら、レイチェルは彼の隣の席に腰を下ろしたアリアに視線を移す。


「——貴女は?」


「私は今回は留守番よ。優雅に一人の時間を楽しませてもらうわ」


アリアの答えはレイチェルやエリシア、シャールにとっては予想外のものだった。ディーテ村の一件で、エリオスは常に自分の手の届くところにアリアを留め置くものだと思っていたからだ。

確かに魔王軍との戦いにアリアを連れて行くのは危ないだろうけれど、それでもこの屋敷に置いておくというのは、それはそれで危険なのではないか。

もちろん彼とてこの屋敷に防衛魔術のひとつくらいはかけておくだろうけれど、遠く離れた地にいてはその守りが常に万全のまま維持されるとは限らない。手練れの魔術師が数十人集まればエリオスの全力の結界だろうと破れてしまうかもしれない。

それこそ、聖教国——特に今回従軍しない統制局長の一派が、最高巫司に対抗するべくエリオスを完全に支配下に置くために、彼が暗黒大陸にいる間にアリアを捕らえに来ないとも限らない。

そのリスクをエリオスが気が付いていないはずは無いのだけれど、彼は特にそれを気にする素振りを見せない。


「いいん……ですか?」


シャールは思わずエリオスに問いかける。エリオスは彼女の質問の意図をすぐに理解したようで、うっすらと唇の端にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「何? もしかして君たち、アリアを人質にとって私にひどいことする気とか?」


「い、いや私たちはそんな——」


ディーテ村の焼け落ちた自分の家の中で、エリオスに見せられた記憶が蘇る。アリアの悲鳴、そしてエリオスの怒り。それらを知ってしまったシャールには冗談でもそんなことを肯定することは出来なかった。

動揺で言葉に詰まるシャールを助けるようにレイチェルが口を挟む。


「最高巫司猊下はそのようなことはなさらない。安心して欲しい」


「ふふ、騎士様からの言葉だ。信用させてもらうとしよう……尤も、彼女に手出しした者がどうなるかは君たちもよく分かっているだろうけどね」


そう言いながらエリオスはゆらりと立ち上がり、ドアへと向かう。アリアもその後に続く。

そんな彼の背中にレイチェルが問いかける。


「どこへ?」


「お風呂。さっきまで一日中でかけてそのままだったんだ、身を清める時間くらいはくれるだろう?」


いたずらっぽくウインクしながら振り返ってそう言うと、エリオスは部屋を出て行った。



§ § §



屋敷の廊下を歩きながら、エリオスはアリアにこぼすように語りかける。


「——屋敷の防衛は、今の私に出来る最高水準のものだ。それに、君を脅かす分子の動きも既に封じている。だから問題はないと思うのだけど……」


「何よ? 自信がないの?」


「正直防衛魔術は私の守備範囲の外だからね。基本的に私の魔術なんてのは壊すことにしか目を向けていない——いや、だからどうすると言うものでも無いんだけれど……君を暗黒大陸に連れて行くなんて言語道断だし……」


伏し目がちにそう言うエリオスに苦笑を漏らしながら、アリアは目を細める。


「心配いらないわ。言ったでしょう、私この身体でも少しは魔力を扱えるようになってきたの。もしもの時をやり過ごすくらいのことはできる。だから、ね」


アリアはエリオスの首にかかったループタイを掴むと、ぐいと自分の目の前に彼の顔を引きよせる。そして額に軽くキスをして笑う。


「悪の女神たる私の眷属として、『魔王』だなんて調子に乗っている愚者を叩きのめしてやりなさい! そして、目的を遂げて帰ってきて」


あざとい笑みを浮かべるアリアに、エリオスは苦笑を漏らしながら目元を手で隠す。


「ふふ……そうだね。うん、私としたことが……君を甘く見てたみたいだ。従者として情けない限りだ」


そう言いながらエリオスはその場に跪き、目元を隠していた手を胸に当てる。


「——誓おう。私は君のために勝利を捧ぐ」


そんな彼の言葉にアリアは嫣然と満足そうに微笑んだ。

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