Intld.IV-xxii
Interlude.V最終話です
「ねぇ……アリア。さっきのって……」
エリオスは蹴り付けられた頬を摩りながら、歯切れ悪そうにそこまで言って黙り込む。そんなエリオスを見てアリアは苦笑する。
「何よぉ。はっきり言いなさい? それとも私から言わないとダメなのかしら」
「……君は私がどうして彼女に前を向かせたんだと思う?」
「全く……アンタも大概バカよねぇ。アンタは、きっとあの娘に同情してるのよ」
「——ッ!」
アリアの言葉にエリオスは唇を噛み締めて、表情を険しくする。そんな彼を玩弄するようにアリアは愉しげな声で続ける。
「あるいは共感? 自分を重ねてる? ま、どれでも良いか」
「ありえない! 私が……私という悪役はそんなこと……」
激昂したように唇を震わせて叫ぶエリオスを、アリアはどこか憐れむような表情で見つめ、そして不意に口の端を皮肉っぽく歪める。
「——やっぱり気がついて無いのね。ガワが揺らいでるのよ、アンタ」
「——え」
「あの時——遺跡の奥で私が嬲られている記憶を見た時からかしらね。大分ガタついていたわ……だから言ったでしょう? 『今のアンタなら割と有り得そう』って」
アリアの指摘に、エリオスは戸惑うような表情を浮かべ、ちらと燃え落ちた家の窓枠に残ったガラスを見遣る。そこには唇を震わせる自分の姿が映っていた。
「アンタはあの娘にあの場の記憶を見せたのを嫌がらせだなんて言ってたけど……意外とアレ、アンタにとっての罰だったりして。彼女にアレを見せる時、アンタも必然また見ちゃったんでしょ? だからいよいよガタが来ちゃったのかしらね」
「——そう、かもね……全く不甲斐ない……」
震えるため息混じりにそう零したエリオスの顔を覗き込みながらアリアは笑う。
「ま、共感しちゃうのは分かるわよ? アンタもあの娘も本質は似たようなモノだしね。人の恨みと不満を一身に集め、燃やされる藁人形のような——」
「やめて。言いたいことは分かったから……もう、大丈夫だから」
そう言った彼の顔は、いつものように冷然としていて先ほどまでの動揺が嘘のようだった。そんな彼の顔を見て、アリアは苦笑を漏らす。
「調子が戻ったようで何よりね。動揺してるアンタも、それはそれで可愛らしかったけれど」
「勘弁してよ……」
呆れたような顔を浮かべるエリオスを見ながらアリアはくるりと背を向けて、家の外へと歩き出す。エリオスはそんな彼女の後を追うが、不意に外の道に出た瞬間彼女の足が止まる。
「——どうしたの?」
「そういえば温泉……私、昨晩は攫われちゃったから入ってないのよね。もう今日の昼にはこの村を出るんでしょ? 最後に入らなきゃ!」
「えぇ……君、トラウマとか懲りるとか……そういう概念ないワケ?」
呆れた表情で脱力したように笑うエリオスに、アリアは唇を尖らせる。
「うるさいわねぇ……そんなに気になるならアンタもついて来なさいよ! どうせこんな朝なら人も来ないから混浴極めたっていいのよ?」
「……どうしよう、一瞬本気で検討した自分がいたことに震えてる」
「あら、寒いのかしらね? じゃあ何はともあれ温泉ね! 大体アンタ、その灰と泥まみれの姿で人前に出たら悪役の名が泣くわよ?」
そう言って、アリアはエリオスの手を引き駆け出す。そんな彼女を、エリオスは苦笑を漏らしながら愛おしげに見つめた。
§ § §
日が中天にかかるころ、ディーテ村を出て街道沿いに十分ほど歩いたところでシャールとエリシアは道の端に佇む馬車を見つけた。
二人は馬車に近寄ると、扉を軽くノックする。すると扉がギィと軋む音を立てて開く。
「——お別れは済んだのかな?」
馬車の中からエリオスがそう問いかけた。彼の問いかけにエリシアは肩を竦める。
「見送りに来てくれたのはアイリちゃんとそのお母さんのレイナさんだけだったけどね。全く、助けてもらっておいてひどい話だよねぇ」
「ま、そんなもんだろうさ。ずっと憎んできた娘に村を救われてしまったんだから、感情の折り合いがつかないんだろうさ。うん、多少は可愛げがあると言うものだ。むしろ、急に手のひら返してきたらその方が私としては気持ち悪い」
「それはそうなんだけどねぇ……」
エリオスの言葉に、エリシアは唇を尖らせながらそう答える。そんな二人のやりとりにシャールは苦笑を漏らす。
「あはは。でも、いいんです。あの二人に見送ってもらえたのならそれで……」
シャールはそう言って胸に手を当てながら目を閉じる。彼女の瞼の裏には、その姿が見えなくなるまで手を振っていたアイリの姿が浮かんでいた。
それから目を開けて、シャールはディーテ村の方を振り返る。
「それに、他の方たちとはまた別の機会にお話しすればいいんです。きっとそのきっかけは今回作れたのだから」
「は。そう思うなら精々、この先うっかり死なないように気をつけることだね」
皮肉っぽく笑うエリオスに、シャールは苦笑を漏らしながらも、毅然と胸を張る。
「ええ、もちろんです」
そう言い切った彼女の姿をエリオスも、エリシアもどこか眩しそうに見つめる。エリオスはそっとシャールの目の前に手を伸ばす。
「さ、乗りたまえ。そして帰ろうじゃあないか、我が屋敷へ」
シャールは一瞬躊躇いながらも、その手を取ってエリオスの目をまっすぐ見つめ、そして応える。
「はい!」
こうしてエリオスたちはベルカ公国の森の中の屋敷へと帰っていった。
皆それぞれに、この先に待ち受ける出来事への覚悟や思いを固めながら。
これにて、ディーテ村での物語は終了となります。大分冗長になってしまったきらいもあり、反省するところも多いシナリオでしたが、ここまでお読みいただきました皆様におかれましては、お付き合いいただきありがとうございました。
そして以前より予告していたとおり、明日以降少しの間Episode.6ならびにそれ以降のエピソード用のプロット編成のため連載をお休みさせていただきます。
具体的には、2021年11月4日の再開を見込んでおりますので、連載再開の暁には今後とも変わらずお付き合いいただければと思います。
それでは皆様、後日またお会いできる日を楽しみにしております。急に寒い日が続いておりますが、体調などに気をつけてお過ごし下さい。
それでは
P.S.
久々のお目汚しですが、拙作をお気に召していただけた方は評価、感想、レビュー、ブックマーク等よろしくお願いいたします。




