Intld.IV-xx
「覚悟——? 何を言って……私は……」
エリオスの言葉にシャールは反論を口にしようとする。しかし、うまい具合に彼の言葉を打ち消すようなフレーズは出てこない。
そんな彼女にエリオスは続ける。
「私と戦う覚悟はもうしたって? ああ、確かに君は私に一矢報いると宣っていたね。確かに君の中では私と戦う覚悟は出来ているんだろうさ。だがね——」
そこで一旦言葉を切るとエリオスはゆるゆるとかぶりを振る。
「それは君が勝手に思って、そして口にしただけのモノだ。私が言っているのは、『私が望む、私の敵対者』に必要な覚悟だ」
「エリオスが……望む?」
「そ。私という悪役を倒さんと望むのなら、私もそれを望む者に求める資質がある。その資質を示す一番大事なものが、私の求める『覚悟』——有り体に言えば、いわゆる『正義』の体現者たらんとする覚悟だ」
エリオスの口から出た言葉に、シャールは思わず絶句する。そんな彼女の呆気にとられた表情に、エリオスは少しだけきまり悪そうに頬を掻く。
しかしすぐに視線をシャールに戻して続ける。
「今の君はあえて言うのなら『悪の敵』だ。目の前で為される悪辣に怒り、否定し、それを阻止し、場合によってはその悪を為した者を害することも是とする——でも、それじゃあまだ足りない。それはただ、目の前に現れた悪性への反射的な対応、あるいは因果応報という人間社会の原理を盾に自身を正当化しているというだけだ。私に言わせればそんなものは覚悟でもなんでもない」
「……じゃあ……貴方は一体何を望むんですか」
「決まっている。君なりの正義、そしてそれを貫く覚悟だよ」
エリオスは淡々とそう言い切った。そして続けてシャールに問いかける。
「君が望むことは何だい? 君の望む正義のカタチとは何だい?」
「それ……は……」
「すぐには出てこない? そうだろうね、結局のところ君は『正義』のために戦ったことなんてない。私に啖呵を切ったのも、アリキーノたちと戦ったのも。何もかも、ある種の『赦し』を得たいからで、その行動を裏打ちするような正義はなく、当然それを貫くような覚悟も君には無かっただろうからね」
エリオスの言葉に、シャールは何か反論をしようとも思ったが、何一つとして言葉が出てこなかった。それは彼の言葉が間違ったことを言っていないと、シャール自身が一番よく理解していたから。
「覚悟がないから君は私という悪にさえ許しを求める。あのときの君の行い、言葉は正直なところ『正義』を標榜する者としてはとても正しい判断だったんじゃないかと私は思っている——私があの森に向かうのに同行すると言う判断も、私が虜囚もろとも教徒たちを殺そうとしたのを止めるという判断もね」
「……え?」
「あの時、私は確かに勢いのまま教徒以外の連中も殺してしまいそうだったからね。私に同行したのも、私をあのとき止めたのも、みな君の立場からしてみれば必要なことだった。君の判断は、私の立場からしてみれば不快で不都合なことではあったけど、君としては一種の最適解だったんだ」
エリオスは皮肉っぽい笑みを浮かべながらそう言った。そして、ため息混じりに続ける。
「だからね、君は私に謝ったりなんてするべきじゃあ無かったのさ。自分の正義を貫いた結果なのだと胸を張るべきだった。私と言う悪役の御機嫌伺いなんてする必要は無かったし、するべきでは無かった」
「でも……私は……」
震える両手を握りしめるシャール。そんなシャールの手に、そっと触れながらエリオスは真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。
「シャール。もし君が、私と言う悪役を倒したいと願うのならば、どうか君自身の正義を示して欲しい。そしてそれを貫き通す覚悟を。いつか対峙するその日までにね。それが私の一つの願いだ」
「エリオス……?」
ふいに、彼の顔が見たことも無いほどに穏やかで優しく見えた。
しかしすぐにエリオスは意地の悪い笑みを浮かべる。
「尤も、私は誰にも倒される気なんて無いし、君が確固たる正義と覚悟を抱いて来たって、私は全力でそれを叩き潰してあげるけどね」
「——ッ! ふ、あは……貴方って言う人は……」
ウインクを極めながらのエリオスの言葉に、シャールは思わず吹き出した。そして、息を深く吸ってからエリオスの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「いいです。分かりました——見つけてみせますよ、私の貫くべき正義を。そして貴方と言う悪役と相対するに相応しい存在になってみせます」
そんな彼女の言葉に、エリオスは空に浮かぶ月の光のように淡く微笑んだ。




