Intld.IV-xix
「貴方は、私のことを怒ってはいないのですか?」
エリオスの言葉に、シャールは唇を震わせながらそう問いかける。そんな彼女に、エリオスは少しだけ眉間にしわを寄せて困ったような表情を浮かべつつ、口の端を吊り上げながら答える。
「怒ってる、かはともかくとして……君がいなければ、君があんなことを言わなければと思わないわけでもないね」
彼にしては歯切れの悪い言葉。
それはきっとエリオスの本心だったのだろうと思う。自分の中で打ち立てた論理と偽ることのできない強い感情の狭間で揺れ動く彼なりの本音。
「結局は自分の決断だから」と言ってはいたけれど、やはりそういう感情を抱いてしまうのは仕方のないことで、シャールはきっとそれを甘受するべきなのだと思う。
「——貴方はそれで……良いんですか?」
「何なのかな? 君は私にどうして欲しい——ああ、そういうこと」
エリオスは何かを理解したかのようにささら笑うような冷たい笑みを浮かべる。
「君は許して欲しいの? 私に、アリアに、そして自分自身に」
彼の言葉にシャールはびくりと震える。そんな彼女の反応を見て、エリオスはさらに笑みを深く、視線を冷たくする。
「罰は赦し……か。は、悪役に許しを請うなんて滑稽なことだね」
「——だって……私は、こんなの……」
「耐えられない? だからわざわざ私の手を煩わせて罰して欲しいって? ふふ、君は本当に私に対してはわがままだよねぇ」
エリオスは嘲笑うようにそう言った。彼の言葉の一つ一つが、シャールの心を蝕んでいくようだ。
彼女の心が崩れ落ちる音のように、彼女の口からぼろぼろと溜まっていた想いが溢れ出て零れ落ちる。
「だって……だって……誰かに恨まれて……それが永遠に続くなんて……怖くて……苦しくて……許して欲しくて……同じところに立つことを認めて欲しくて……」
必死に涙を堪えながら、シャールは告白する。自分でも見えていなかった歪な心のカタチが見えたような、そんな気がして。
そんな彼女の姿を見ながら、エリオスは小さく息を吐く。
「考えてみれば君はずっとそうだったのかもね。ずっと誰かに赦されたいと思っている——そんな生き方だから、私には君の在り方が気持ち悪く見える」
エリオスはそう言いながら、立ち上がる。そして夜空に輝く月の青い光を受けながら、シャールの俯いた顔を両手で掴んで視線を無理やり合わさせる。
「——えり、おす?」
「ああ、本当に君は気持ちの悪い人間だ。反吐が出そうなほどに——きっと君は、誰にとっても良い顔をしたい……いや、しなくてはならないと思って生きているのだろうね。人間は誰しも生きていれば恨まれるというのに、その事実を拒絶し、逃げ回っている」
「——ッ! それ、は……」
反論はできないだってそれが事実であることを今のシャールは誰よりも分かっているから。それでもやっぱりそんな自分の醜さを直視したくなくて、シャールはエリオスから目を背けようとする。
しかし、エリオスはそれを許さない。
「だがね。君はもう在り方を定めた、悪を打ち倒す者として自身を定義した。それは悪に恨まれることと表裏一体だ。もはや誰からも恨まれたくないという生き方を、君自身の手で放棄したんだ——そして、君はもうそれを受け容れている。実際、君は君が悪だと判断した者に対しては、敵対しそれを打ち倒すことが出来ているんだからね」
そこまで言ってエリオスは言葉を切ると、そっと彼女の顔から手を離す。そして、嫣然と月の光の中シャールの目の前に立って告げる。
「でもね、君はまだ覚悟が足りてない——まだ君は、私を倒すに相応しい覚悟がない」




