Ep.1-2
「勇者」――それは世界を揺るがす邪悪な存在である「魔王」を倒す者として、神と運命に選ばれた存在として神話の中で語られる英雄に与えられた称号。
本来は神話中の偉人への称号でしかなかったその存在は、魔物たちを統帥する邪悪の化身たる「魔王」が現れたことにより、現実にその出現が期待されるようになった――それが十年ほど前の出来事。各国の首脳たちは、国家間における自国の地位を高めるため、自国民の中から「勇者」に相応しき勇士を選定し、自国の威信をかけて「魔王」討伐の旅に送り出した。
そして今森の中を行軍する彼らもまた、大陸の東端に位置する王国レブランクの王によって選定された勇者とその従者の一行だった。
レブランク王国第2王子、ルカント――レブランク国王とその正室である大陸東部区大司教の娘との間に生を受け、若干二十歳ながらに王国騎士団を統率する総帥の地位に任ぜられ、反乱・暴動の鎮圧などで功を上げた。個人としても、東部大司教主催の剣術大会において優勝を修めるなど、武の練達に励んできた。
そんな経緯もあって、彼は父である国王から、レブランクの勇者として魔王討伐の命令を受け、旅に出た。
そして彼は、王国内を巡り自身と旅路を共にする者たちを見出していった。辺境の女賢者リリス、王国随一の冒険家アグナッツォ、武芸に秀でたレブランク王宮宰相の娘ミリア、そしてもう一人――
そうして出会った彼らは王国やその周辺を巡りながら魔王の配下や魔物たちを倒す旅を続けている。
そして今、彼らが向かっているのは、レブランクの隣国・ベルカ公国のはずれの大森林地帯に居を構える謎の魔術師の館。
先日、その館の魔術師は公国魔術庁から出頭を求められたにもかかわらず、それを無視した挙句、自身を連行するために派遣された公国の騎士13名と魔術師2名を皆殺しにして、その生首をベルカ大公の宮殿に送り付けてきた――というのが、ベルカ公国宰相からの説明だった。
『魔王と通じているものかもしれない―――』
ベルカ公国の宰相はそんな不安の言葉と共に、隣国の勇者であるルカントたちにその魔術師の討伐を依頼したのだった。
§
「――はあ‥‥‥はあ‥‥‥」
「おいおい嬢ちゃん? グズグズすんなよな?」
悠々と歩く四人の後ろから、荒れた呼吸の音が聞こえてくる。アグナッツォはちらとそちらを振り返りながら、嫌味っぽく言った。
五人組の最後を歩く者、旅の仲間の最後の一人――それは12、3歳ほどの少女だった。
少女は他の四人がそれなりに金のかかった小綺麗な装備をしているのに対して、使い古された傷だらけの皮鎧と鎖帷子を着込んでいて、どこかみすぼらしい印象。そして何より目を引くのは彼女が背負う荷物。
少女の体躯とほぼ同じかそれ以上の体積はあろうかという大荷物を少女は一人背負って、森の中の悪路を歩いているのだ。しかし四人のいずれもその様に疑問を抱くこともないかのように行軍する。
「ご、ごめんなさい――え、えっと‥‥‥アグナ、さん?」
「お前にその呼び方を許した覚えはねえぞ、シャール。お前さあ、戦闘で使えないならせめてこういう所ぐらいは、そつなくこなして見せたらどうなんだ?」
「も‥‥‥申し訳、ありません。アグナッツォ、様」
シャールと呼ばれた少女は小さく肩を竦めながら、震えるようにそう言った。アグナッツォは気分が悪いと言わんばかりに彼女の足元に唾を吐き捨てる。
その様をリリスはどこか楽し気に、ミリアは少し表情を歪めながら見ていた。
「――アグナッツォ。シャールも一応は俺が選んだ旅の同行人だ。八つ当たりなら他を当たれ」
ルカントはちらと後ろを振り返りながらアグナッツォにくぎを刺す。そんなリーダーの言葉に彼は「はいはい、仰せのままに」と軽口をたたいて、ぺこりと頭を形だけ下げて応ずる。反省の色など見えていないし、悪いこととも思っていないのだろう。
そんな彼をそれ以上咎めることもなく、ルカントは前を向きながら更に言葉を続ける。
「シャール。アグナッツォの言葉は間違いではない――少しは役に立て。それも出来ないならばお前に価値はない」
「――はい。ルカント様」
シャールはそう言って頭を下げる。そしてまた一歩、さらに一歩森を進んでいく。落ち葉を踏みしめて、悔しさを踏みしめて。ただ無力な自分をその背に感じながらシャールは前に進むのだった。
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