Ep.5-136
エリオスの曇った表情。そこには深い後悔、怒り、そして悲しみの刻まれていて。そんな彼の顔が古い記憶と重なって見えて、アリアは思わずくすりと笑う。
「アンタのそんな顔を見たのは、此処で出会った時以来かしら。何もかもに裏切られて、自分の無力に泣きそうになって……」
「情けない、よね。せっかく君に力を与えてもらって、君を守りその願いを叶えると誓ったのに……こんな体たらく」
「別に今回はアンタに責任があるわけじゃない。攫われたのはアンタが同じ村の中にいるからって油断していた私の責任。ここの連中に痛い目に遭わされたのは、単に運が無かったから。それに、エリオス……アンタはちゃんと助けに来てくれた。だからもう、それでいいのよ」
アリアはそっと、その白く柔らかな手でエリオスの頬に触れる。それでもエリオスは口を閉じたまま、首を横に振る。そんな彼に少し困ったような表情を浮かべる。それからふと思いついたように辺りを見渡した。
「そうね……なら、せっかくこんなところにいるのだから、もう一度契約を交わしましょ?」
「——? それは、どういう……もしかして、契約の変更とか? 私はもういらない、みたいな」
「どこまでマイナス思考なのよ……普段とは大違いね」
そう言ったアリアの目には、本当に彼がいつもより小さく、そして年相応に幼く見えた。アリアは苦笑しながら彼の腕から離れて、祭壇の上にちょこんと腰掛ける。
「——ただの感傷よ。偶然か必然かこんなところに戻ってきてしまったんだもの、ちょっとアンタとの繋がりを改めて確かなものとして感じたかっただけ……」
そこまで言ってアリアは言葉を切ると、右腕で顔を隠す。
「……ダメだわ……これ結構恥ずかしぃ……」
「——ッ! 言い出しといて照れないでよ……こっちも恥ずかしくなるから……」
らしくも無く頬を赤らめる二人。一瞬その場を支配する沈黙。それを打ち破るようにアリアは叫ぶ。
「うるさいわねぇ! アンタ、私に申し訳なく思ってるんでしょ! なら、文句を言わずに付き合いなさいよ!」
「ふ、あはは……相変わらず君はわがままだ。でも、うん。いいよ、私も改めて自分を律したいから」
そう言ってエリオスはゆったりとアリアの前に進み出ると、血の滴る冷たい床に膝をつく。そして目を強く瞑って大きく息を吸い、アリアを見上げる。
アリアはそんな彼を見下ろしながら嫣然と口を開く。
「貴方が望み、私の願いを叶えるというのなら、私はこの全存在の核たる力を貴方に貸し与えましょう。さあ、貴方は誓いますか? 私に全てを捧げ、私を受け入れ、私の願いを全霊を持って叶えることを」
「——誓う。私は私の全能力、全身全霊を持って貴女に仕え、貴女を守り、貴女の願いを叶える。私の主人、私の人生、私の神様——必ずや私は与えられたこの命と力を以って、この世界の全てを貴女に捧げよう」
エリオスの澱みも詰まりもない言葉に、アリアは満足げに微笑むと、細く白い脚を組んで、その爪先をエリオスの目の前に差し出す。
エリオスはその足をそっと、傷つけることのないように丁寧に手に取って、柔らかく口付け。
それを見届けるとアリアは嬉しそうに、花の咲くようにふわりと微笑んだ。
「改めて、ここに主従の誓いは結ばれました。エリオス、これからもよろしくね」
これにてEpisode.5はおしまいです。
語るべきところで少し残っているのは、この後のインタールードで……
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