Ep.5-133
「もう何年前の話かしら。五年? もっとかなコイツと——エリオスと此処で出会ったのは……私はね、『悪の女神』としての権能をコイツに貸し与えたの。コイツが欲した力を与えるため、そして私の目的を果たすためにね」
アリアは滔々と語り出した。その言葉には一切の澱みが無く、それだけで彼女の言葉が虚言ではないのだと思わされる。
少し拗ねたような視線を送るエリオスを横目にアリアは苦笑を漏らしながら続ける。
「神の権能を、しかも『悪の女神』なんていう厄モノの権能を受け入れたところで、身体が拒否反応で弾け飛ぶかもしれなかった。でも、コイツはそれを承知のうえで受け入れ、そして適合した。まさしく奇跡だったわ——かくして、私の罪業と悪性を司る権能はコイツの手の内に」
アリアはそう言いながら、エリオスの肩に嫣然としなだれかかる。そして、眉根を寄せるエリオスの手を取り、指を絡ませて笑う。
「神とは権能があってこそ、神として在れるモノ。だから権能を譲り渡した私は、概念として神では無くなり、その存在としての格は霊的存在から肉の殻に閉じ込められる存在にまでランクダウン。結果として外観的には何の力もないただの人間の美少女へと成り果てたってワケ」
「——そんなことが……あるはずが……」
震えた声をあげて理解を拒む教主に、アリアは呆れたようにため息を吐きながら、エリオスに絡ませていた指を解く。そして、彼の影から伸びる黒い槍が深々と突き刺さった教主の肩の傷を弄りながら冷たい声で言い放つ。
「見苦しいわね。もうとっくに解っているんでしょ? この遺跡——『悪の女神』たる私の棺にしてささやかな神殿に残留する魔力と同じモノで、この槍が構築されているんだって。それが何よりの証拠でしょ?」
「——ッ! だ、だとしたら君は本当に……『悪の女神』……」
「だからそう言っているでしょう? ようやく認める気になったのかしら」
その幼い見た目に反して妖艶に微笑む彼女の姿に、教主は目を剥いて凝視する。これまでの彼女との対話の中で、確かに違和感があった。その言葉、その身体——端々に散りばめられていた、それでいてとりとめもないものと切り捨てていた違和感が一つの形を成していく感覚に、教主は全身を震わせる。
このような絶体絶命の状況にありながら、彼は興奮を抑えることができなかった。
目の前に、自分の追い求めた——禁書の中でしか垣間見ることのできなかった存在が、そこに在るのだから。
「オオォォ! す、素晴らしい……素晴らしいィィィ! いたのだ、『悪の女神』はやはり存在したのだァァ! はははははは! 見ろぉ! ここに『悪の女神』はいるぞぉ! 教会の無能どもめ、私を異端と放逐した馬鹿どもめ! 僕は間違っていなかった、正しかったんだぁ! はは、はァァッははははははははァ!」
高笑いする教主を見下ろしながら、エリオスは顔を顰めて、アリアを軽く睨む。
「ねぇ、彼喜んじゃってるけど?」
「ふふ、可愛いじゃない。無邪気で能天気で馬鹿っぽくて。これが罰だってことも、さっきまでの話もぜーんぶ忘れちゃってるなんて」
そう言ってアリアは甘いお菓子を前にしたような笑みを浮かべて見せた。
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