Ep.5-124
アリアが縛り付けられた祭壇から広がる方陣。それを形作るアリアの血が青い炎に照らし出されて艶かしく光る。
その様を見遣りながら、教主は大きく手を広げながら天井を仰ぐ。それと同時に広間の壁際に下がった教徒たちは彼に倣うように手を大きく広げてそれぞれの手を繋ぐ。
その瞬間、アリアは自分の心臓がどくんと強く脈打ったのを感じた。鼓動はどんどんと強くなり、心臓が破けそうなほどに、肺が押し潰され呼吸すらままならなくなるほどだ。
気がつくと天井のフレスコ画が紫色に染まっていた。広間の壁の燭台に灯っていた炎は今もなお青く輝いている。その光と混じり合うのは、床の方陣から放たれる紅い光。アリアの血がまるでルビーのように輝きを放っていた。
二つの光が混ざり合うことで生み出された紫色の空間の中教主が口を開く。
「——『紡ぐは円環の理、繋ぐは収束の理、重ねるは増幅の理。全てはこれなる器の内にて巡り、象り、結実する』」
教主がそう唱えだした瞬間に、アリアは自分の中にナニカが流れ込んでくるのを感じた。
どろりとした熱いモノ。それが拒むこともできないままに、自分の中に流れ込んでくる。
アリアは声にならない声を上げながら口を開け、全身を捩らせる。
何だこれは——自分のモノのようで自分のモノではない。するりと入ってくるのに、その後に内側から自分の身を食い散らかされていくような感覚。自分という存在が穢され書き換えられていくような感覚。
そんな苦痛に耐えながら呻くアリアを見下ろしながら、教主はさらに詠唱を続ける。
「『汝に与うるは原初なる権能、汝に与うるは罪業を飲み干す女神の器、汝に与うるは万物に憎まれる女神の銘。罪業は満ち、汝は生まれ、神は汝を定義し、汝は下界へと放たれる——今、古き神話は再演され、新たなる女神は誕生する。されど、我らは汝を赦さず。汝は今、全ての罪を呑む器となるべし。しからば我ら、鉄と銀を持ち、器たる汝を打ち砕かん——』」
「あ……ああ……うぇ……うう……あぁ……」
苦痛に喘ぐアリア。全身を捩らせながら、アリアは感じていた。このままでは不味い——今、自分に流れ込んでいるのは教主の言うところの擬似的な権能、その核となるエネルギーである魔力の結晶。
この遺跡から抽出され、収束され、増幅された魔力が濃密なモノとなって自分に流れ込んで来ているのだ。でも、それはきっと純粋なこの場所の魔力などではない。
教主は言っていた。アリア以外にもこの儀式の供物となり、神の力を下ろされた女性がいると。今自分に流れ込んでいる魔力は、きっと彼女たちにも流し込まれた魔力なのだろう。
だって、この場に残留する魔力はそう多くない。
一々使い捨てていては神の魔力なんてものはすぐにこの場から無くなってしまう。だから、彼らは一度検体に流し込んだ魔力を一度遺跡内に放出して、また次の検体を手に入れたら、再度流し込むと言う手順を踏んでいるのだろう。
確かに、適切な器が手に入らなければそうせざるを得ないだろう。だが、ここに至って、アリアは彼の目論見は絶対に達成され得ないことを理解した。
何故ならこの遺跡に満ちた神の魔力は、既に変質しているのだ。アリアの前に生贄にされた女性たちの憎悪、絶望、苦痛、憤怒。ありとあらゆる負の感情が魔力として溶け込んでいる。
もはやこれは『悪の女神』の魔力などではないのだ。
ならば、今そんなものを流し込まれている自分は果たしてどうなるのか——アリアは今、そんな恐怖に襲われていた。
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