Ep.5-123
皆さん昨夜は地震大丈夫でしたか?
私は微睡んでる最中でサイレンに叩き起こされました。
「これは——」
自分の眼下に広がる鮮血の紋様に、アリアは思わず息を呑む。幾何学的なその赤い紋様は、ある種の魔法陣のようにも見えた。
驚き言葉を失ったアリアに教主はにんまりと笑いながら告げる。
「この空間は元々あった遺跡の地下に僕たちが作ったものでね。上から見ると遺跡の全体をすっぽりと覆うように作ってある——ああ、この遺跡が何なのかっていうとね」
「棺——」
教主の言葉を奪うように、アリアは小さくそう呟いた。そんな彼女の言葉に教主はひどく驚きながらも、すぐに元通りのにんまりとした笑みをさらに深くした。
「その通りだよ! 神話によればこの遺跡は悪の女神が地上へと放逐された際に押し込められたある種の棺だ! まさに神話の秘蹟、聖遺物というべき代物だ!」
興奮した口調で、教主はアリアに対して捲し立てていく。そして彼は胸に手を当てながら、頬を紅潮させて天井を仰ぐ。
「私がここを見つけたのは、5年ほど前……まだ私が聖教会の職にあったときだったなぁ。驚いたよ、迷い込んだ森の先で禁書に書かれた通りの遺跡を見つけたんだもの。正しく運命ってやつを感じたよね。何より自分の中で組み上げつつある理論がこの発見で裏打ちされたのは嬉しかったなぁ……」
恍惚とした表情で思い出に浸るように教主はそう呟く。しかしすぐに表情を曇らせてかぶりを振る。
「でもね、遺跡の中には『悪の女神』の姿は無かったし、それだけの存在の霊威もありはしなかった。禁書に書かれていた『悪の女神』の存在なんていうのはやはり幻だったのか……そんなことを思いながら僕は検分を続けた。そうしたらね、気づいたんだよ。この遺跡の中に明らかに異質な魔力が残留していることに」
「異質……?」
「そう。僕はこう見えても高位の魔術師でもあるからねぇ。ヒトの魔力、獣の魔力、魔物の魔力……多くの魔力に触れることがある。でも、ここに残留していた魔力はそのどれとも違う。でも、よく似た魔力を僕は知っていた——聖剣、聖遺物の魔力……即ち神の魔力だ」
そう言ってから教主は教徒たちに目配せをする。すると、教徒たちは彼の指示に従って全員が広間の端へと避けていく。それによって、アリアの血で描かれた方陣の全容が明らかになる。広間全体を覆う円環、そしてその縁から台座に向けて収束していくような模式図。その上に複雑な図形がいくつも重ねられている。
「僕にとっては、この遺跡に残る神のそれに似た魔力こそが、『悪の女神』が存在していた証拠だと——延いては禁書の内容が真実だと確信する根拠となった訳なんだけど、単に魔力が所々に残留しているだけじゃあどうしようもない。そこで、僕の魔術師としての腕と、学者としての知見の見せ所だ——そも、神の権能とは何か。突き詰めていけば、それは神という存在の核を形作り定義するチカラであり、その正体は濃縮された魔力であり、それを運用する機構だ。流石に世を意のままに動かしこの世の事象を司るような機構を残留した魔力から作り上げることは出来ないけれど、残された神の魔力を使って権能に近いエネルギーを作り上げることは可能だ」
「そのための装置がこの魔法陣って訳ね。外側の円環は遺跡全体、そして周囲の土や石からも魔力を逃がさないという囲い込みの術式、そこからこの台座まで伸びているのは魔力を収束させるための導線。そしてその導線に重ねられているのは魔力を増幅するための機構ってところかしら」
アリアの解析に教主は思わず絶句する。そんな彼の顔に気がついて、アリアは皮肉っぽく笑ってみせる。
「驚いたなぁ……まさか、一瞬見ただけでこの方陣の意味を解析しちゃうなんて」
「あら、そんなに大したことかしら?」
「うん、凄いよ。君を殺すのを、学者としての私が引き留めようとするくらいにはね。でも、敬虔なる神の徒にして、世界を救わんとする博愛主義者として、宗教者としてはこう思う——女神の素体として完璧だ、とね。さあ、次の段階へと進もうじゃないか。まずは君を擬似的な女神へと押し上げ、君と彼女を繋ぐんだ!」
そう言って教主は両手を大きく広げ、天を仰ぐ。それと同時に周囲の教徒たちは懐にしまっていたのだろう、青い炎の燃えるランプを手に取りその火を広間の燭台に移す。
瞬間、広間は青白い光に包まれ、それと同時にアリアは再び祭壇の上に寝かされ、両手を縛られた。
「——エリオス……」
アリアは天井を見つめながら小さくそう呟いた。
教主が喋る喋る……




