Ep.5-120
背後に教徒たちの狂乱の声を聞きながら、エリオスは森の中を駆けていく。シャールはどうやら上手くやっているようだ。教徒たちの声は遠ざかっていく一方で、自分のことを追ってきている様子はない。
「——急ごう」
誰にともなく、エリオスはそう呟く。自然、駆ける脚にも力が入った。
森の中の獣道。尖った石やうねる木の根の存在を革靴越しに足の裏に感じながら、エリオスは器用にバランスを取りつつ走る。
その足取りにはどこか慣れた様子を感じさせられる。それでも時折、不意に足を滑らせそうになったりもするのだが、その度にエリオスは体勢を立て直してすぐに走り出す。
そんな彼の脚が不意に止まった。
目の前には分かれ道――左手側には尖った石だらけの道。右手側には両脇を荊が生茂っている道。
エリオスは左手側の道をちらと一瞥する。そこに落ちたくたびれて汚れにまみれた片方だけの靴を見つけて、彼は僅かに表情を歪ませる。
その瞬間、どくんと心臓を掴まれたような、そんな感覚に襲われて思わず背後を振り返る。
振り返った先には誰もいない、声も聞こえない。自分を追って来る松明の列だってないし、怒号も聞こえない。だというのに、動悸が止まらない。心臓の鼓動が天井知らずに高鳴って胸が苦しくなる。
瞬きをすると、瞼の裏に浮かぶ古い記憶。赤く燃える忌まわしい記憶。
「――はは」
エリオスは息を整えながらその記憶を、そんなものを思い出してしまう自分を笑い飛ばす。
そして、ゆるゆると首を横に振ると、迷うことなく左手側の道へと足を向け、再び駆け出した。
立ち止まったことによるタイムロスを償却するかのように、なりふり構わず全力で獣道を走り抜ける。
道の両側に生い茂る茨は、途中何度もエリオスの外套を引き裂き、彼の肌すらも切り裂いた。服は破けて血が滲み、その格好はみるみるうちに見窄らしくなっていく。
外套に引っ掛かる茨の棘の鬱陶しさに、エリオスは外套を脱ぎ捨て放り投げる。そして、服と皮膚を裂く痛みに顔を歪ませながらも、歯を食いしばってエリオスは走り続ける。
そしてその果てにたどり着く。あの場所に。
「——ッ!」
目の前に鎮座するソレにエリオスは思わず息を呑む。
彼の目の前にあったのは、苔むした巨石で組まれた遺跡のようなモノ。
アリキーノを喰らいその記憶を見たときから予感はあった。先ほどの食事で見た記憶で、それは確信に変わった。
それでも、実際に再び目の前に立つとある種の感慨のようなものが湧いてくるものだ。
エリオスは深く息を吸って吐く。そして、遺跡の重厚な石扉に手を軽く押し当てる。
すると、さして力を入れていないはずなのに、重そうな石扉はするりと開いた。あの時のように。
「——また、此処に来ることになるなんてね」
エリオスはそう呟きながら、音を殺して遺跡の中へと足を踏み入れる。エリオス・カルヴェリウスという悪役の誕生の地。
あの日初めて彼女と出会った濃密で神聖で、悍ましくて静謐な闇の中へと。




