表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
370/638

Ep.5-117

森の中は厭に静かだった。聞こえてくるのは夜の風の音のみで、青い光を放つ月と星がその静けさに拍車をかけているように思えた。エリオスは無言のまま、森の中の獣道を進む。枝分かれし、曲がりくねる獣道をエリオスが迷うことなく歩いていくのを見て、シャールは違和感を覚える。

それでも、今の彼に話しかけるのはどこか憚られた。それほどまでに、エリオスの雰囲気は刺々しかった。

森の中を歩き始めて半刻弱ほど。シャールの白い脚にところどころ細枝に引っ掛けた生傷が出来始めたころ。不意に夜風以外の音が聞こえた。耳を澄ませてみると、それはどうやら自然音ではなく人の話し声のようだった。

エリオスは歩調をゆっくりにして、足音を立てずにじわりじわりと声のする方へ近づいていく。その姿はまるで茂みの中から獲物に忍び寄る猛獣のように見えた。シャールもそれに倣い、音を消してエリオスの後を追う。

数十歩近づくと声が明瞭になってきた。どうやら、先ほどから聞こえている声は、話し声というには一方的で、どうやら説教や演説の類のようだった。

シャールとエリオスは茂みの中に身を潜め、さらにゆっくりと、じりじり近づいていく。

そして、声の主の姿が見えるところで二人は停止し、聞こえてくる言葉に耳を澄ませた。


「——我らの悲願、大望が叶う時だ。今、教主様と幹部たちは遺跡にて、素体を完全なる『悪の女神』の器に成らしめるべく儀式をされている。素体の自我を身体もろとも破砕し、権能を下ろし現人神としたうえでそれを葬るのだ」


シャールたちの視線の先、そこには跪いた数十人の人影、そして彼らの前で熱弁を振るう男の姿があった。皆一様に、黒と赤を基調としたフード付きのローブを着込んでいる。男の熱弁はさらに続く。


「度重なる失敗があった、多くの挫折があった! それでも我らは耐え忍び、乗り越えてきた! 皆も見ただろう、あの素体の美しさ、神の器としての完全さを! あれこそは、天におわす神々の思し召し。我らの理と義を神々が認め、背を押してくれたという証左に他ならない! さあ、皆のもの神を讃えよ、教主様を労え! 黎明とともに、邪悪と罪業の闇に覆われたこの世の夜に終わりが訪れるのだ! 賛美せよォ!」


「賛美せよ! 賛美せよ!」


高揚した声で両手を天に掲げながら、男の声に従ってローブの人影たちはシュプレヒコールをぶち上げる。その様はまさしく『狂信者』という言葉が当てはまるように思えた。

彼らのいう言葉の意味が、シャールにはほとんど分からない。否!それぞれの単語の意味は分かるのに、それらが連結すると何を言っているのか理解できなくなってしまう。何より彼らのいう『神』とは何だ。『悪の女神』なんて聞いたことがない。

シャールは混乱しながらエリオスの方を見る。彼の表情が強張っていた。これまで見たことも無いほどに。それからエリオスはちらと空を見上げる。

月は西の空に落ちかけている。それを見た瞬間、エリオスは全身を震わせ、そして物音など意に介することもなく立ち上がる。


「な、何者だ!」


演説台に立っていた男は、エリオスの姿を認めると声を震わせながら叫ぶ。


「こ、此処は聖なる地! 今まさに救世の儀が行われる祭儀の場であるぞ! 貴様のような部外者が——!」


喚き立てる男に向けてエリオスはゆっくりと手を差し出す。そして紡ぐ。


「『 我が示すは(Realize)大罪の一(your sins)踏破するは(Realize my)暴食の罪(Gluttony)…… 私の罪は(Deprive)全てを屠る(your ways)


瞬間、エリオスの手の先から黒い風が吹き出し、男の身体を包み込む。


「な、何だこれは——ぎゃ!? ぎぃぃぃ!? が、がごががァァ! い、痛い痛いいだいィィィ!」


男の絶叫が響く。黒い風の中で男のシルエットが削がれ、刻まれ、ひしゃげていくのが見えた。それにつれて彼の声も消えていく。

そして最後には、男がいたはずの場所には何も無くなっていた。

それと同時に、エリオスはごくりと何かを飲み込むように喉を鳴らした。そして、ぽつりと口を開く。


「殺す」

毎度のお願いではありますが、拙作をお気に召して頂けた方は評価、感想、レビュー、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] エリオスが我慢強すぎる [一言] シャールいつ死にます?その時が楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ