Ep.2-12
絶叫が聞こえる。絶望が聞こえる。
彼の放った焔の竜は村の外縁を飛び回り、火を吐き散らす。村人たちは———男も女も、老いたる者も幼き子らも皆炎に囲まれる。逃げ場はない、自決することすらもできはしない。
肌も肉も骨すらも焦がす熱の中、目を焼き肺を焼く煙の中、渇きに苦しみながら皆みんな死んでいく。
少年を苛んだ者、苛まなかった者。一切合切の区別なく、焔の竜は少年の記憶と痕跡を食い尽くすように。
絶叫が聞こえる。絶望が聞こえる。
そんな中、その様を見つめながら少年は口元を押さえる。そして———
「く、ふふ。はは、あはははははは!!」
少年は笑いだす。憂鬱気だった瞳は、業火の煌めきを受けて爛々と輝く。天を仰ぎ、死の交響曲を一身に受けて哄笑する。その様に、アリアは思わず眉をひそめる。
「———? どうしたのよアンタ? おかしくなった?」
「おかしくなった? く、くく……ふふ、はははは……ああ、おかしくなった、可笑しくなったんだよ―――あは、あははははは!」
わずかに後ずさるアリアを振り返り、燃え盛る村を背景に少年は笑う。
その様は、先ほどまで言葉少なげに涙を流していた少年とはまるで違う。そう、それはまるで———
「だってそうだろう? 私を貶めた卑劣漢も!私を信じなかった脳無しも! 私に石を投げた愚か者も! 私を穢した畜生どもも―――みんな死んだ! 苦悶と恐怖と絶望の中、死に絶えた! はははははは!こんなに愉快、こんなに痛快、こんなに爽快なことが他にあるか? こんな愉悦が他にあるかよ?」
悪魔のように———少年は叫び笑う。
涜神の宴で魔女と共に歌い踊る悪魔のようだ、アリアは内心そう感じた。
助けを求めて泣く幼子の声も、虚空に向けて命乞いをする老人の言葉も、唾を散らして手も届かない少年の小さな影に呪詛の言葉を吐く男の喚きも、ただ額を地につけ謝り続ける女の祈りも。その全てを嘲り、嗤い、ただ愉悦のために消費する悪魔の影。
「———へぇ……ふふん、仕上がってるじゃない」
狂い笑う少年を見て、アリアは僅かに表情を痙攣らせながらもニンマリと笑う。
———嗚呼、これでこそ。これでこそだ。彼こそ長きに渡り自分が求め続けてきたモノだ。
「いいじゃない。それがアンタの望みってワケね」
「ああ、そうともさ……そして、君の望みを叶えるヒトのカタチだ———どうだ、君から見て私はどうだ?」
少年はその場でくるりくるりと酔い躍るように回りながら、流し目気味にアリアに問う。そんな少年の問いにアリアは、くつくつと笑いながら応える。
「———醜いわねぇ……でも、それでこそ。アンタはそれでこそ、私というモノの望みを叶えるに相応しい」
「ふふ」
アリアの言葉に少年は、一変して穏やかな笑みで応える。しかし、アリアはそんな彼を見ながら少し考え込む。
「いつまでも『アンタ』って言うのも寂しいわよねぇ……元の名前は使えないし‥‥‥私はなんて、呼べばいいのかしら?」
アリアの問いに少年は、虚を突かれたような、少し驚いた表情を浮かべて考えこむ。そして数瞬の後、小さく笑って応える。
「それじゃ、こう呼んでよ―――エリオス‥‥‥いい響きじゃない?」
その瞬間だけ、少年はふわりと笑った。年相応に、路傍の花が開くように。
これにてepisode2は終幕になります。お付き合いいただきありがとうございます。
さて、今後のお話ですが、今回の投稿分を以ちまして連載開始時点の書き溜めが尽きました。
一応数パート分くらいは新たに書き溜めましたが、さすがにこれ以降も1日3回更新は難しいので、明日以降は1日2回投稿(正午&夜7時〜8時)に改めさせていただこうかと考えております。
お読みいただいている皆さんには申し訳ありませんが、クオリティ(言うほど高くない)維持と筆者の私生活の安定のためとご理解いただけますと幸いです。




