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Ep.5-115

砦のバルコニーに出たエリオスは、ちらと自分の後ろを付いてくるシャールを振り返る。早足の自分に必死でついていこうと息を切らせる彼女を見て、エリオスは小さくため息を吐いた。


「――行けるかい?」


「行きます」


シャールの短い言葉を聞いて、エリオスはわずかにほほ笑むと目を閉じて呪言を紡ぎ始める。


「『刮目せよ(Gaze)眼の眩むほど(Daze)賛美せよ(Praise)燃ゆる罪業を(Braze)眼を背けても(Despise)忘れず刻め(Memorize)――我が示すは(Realize)大罪の一(your sins)踏破するは(Realize my)憤怒の罪(Wrath)私の罪は(Deprive)全てを屠る(your ways)


エリオスが最後の一音を唱え終わるのと同時に、その足元から彼を包み込むように円環状に紫色の炎が燃え上がる。そんな炎の中から、エリオスはシャールに向けて手を伸ばす。

シャールは一瞬躊躇いながらも、すぐにその手を取った。エリオスは彼女のその手を強く引き、炎の中へと引き込む。

それと同時に徐々に炎が形を変えていく。長い首や、揺れる尾、そして大きく広げられた翼——炎が竜の形をとると、その中心でエリオスはちらとシャールを見遣る。


「悪いが、前みたいにのんびりとは出来ないから。舌を噛まないようにね」


「——はい」


思い返せば、エリオスがレブランクを滅ぼしに来た時も、こうしてシャールと共にこの炎の竜を使っていた。あの時だって大概凄まじい速度だったと思うのだけれど、それ以上があるのかと思うと僅かに気が滅入る。

エリオスはそんな彼女の少し曇った顔など微塵も機にすることなく、右腕でシャールの細い身体を抱き寄せる。


「じゃあ行くよ」


彼がそう言うのとほとんど同時に、竜は大きく羽ばたいて舞い上がった。



§ § §



炎の竜は煌々と、それでいて悍ましい光を放ちながら湿地帯の上を飛んでいく。羽ばたき一つで人が1時間以上歩くような距離を飛んでいくその速さに、シャールは圧倒される。

そんな中、シャールは不意に口を開く。


「エリオス……一つ、聞いてもいいですか」


「何?」


シャールの言葉にエリオスはひどく短い言葉で返す。普段ならば、一聞いたら十倍以上の煽りで返してくるような彼のその答えが、シャールにとってはどこかそら恐ろしく思えた。

そして、その原因に俄然関心を抱いてもいた。


「貴方とアリアさんは……どういう関係なんですか?」


「——何、急に。前から言ってるだろう、私と彼女は『従僕とご主人様』だとね」


「貴方の彼女への感情はとてもそんな言葉で表されるものとは……どちらかと言えばそれは、愛……」


シャールが口に仕掛けた言葉を、エリオスはその細くて冷たい指で唇ごと封じる。その目は凍てつく氷土のように冷たい。その瞳を見てシャールは思わず息を呑む。


「……言葉を返そう。私と彼女の間にあるモノはそんな単純な言葉で表されるものではない。何より、言語化する必要はない——だって、誰かに伝える必要もないんだから。ただ、私と彼女が互いに認識していればそれでいい」


その言葉には、彼には珍しく熱が籠っていたように思う。それでいて、部外者が観測することすら拒むような冷厳とした言葉だった。

ふとエリオスは眉根を上げてシャールを見る。


「そんなことを聞いてどうするつもり? 私と戦う時に彼女を人質にでも取るつもりかな」


静かな声でそう問いかけるエリオス。声は穏やかだけれども、その目はギラリと猛禽のような殺意の光に満ちていた。そんな彼の瞳を見て、シャールは不意に胸を掴まれたような感覚に陥る。


「貴方は、本当は——いえ」


何かを言いかけてシャールは口を閉ざす。そしてゆるゆるとかぶりを振って真っ直ぐエリオスを見据える。


「約束します。貴方を倒すとき、私はアリアさんを人質に取ったりしない。私と手を組んでくれる誰かがいたとして、その人にも絶対にさせない——」


「不合理だね」


「そうですか? だって、貴方は悪人じゃなくて悪役なんでしょう? なら、悪役を倒すのはいつだって『正義の味方』であるべきです」


そう言ってのけたシャールに思わずエリオスは吹き出す。真面目に言ったつもりだったけれど、おかしなことを言っただろうか。

不安げな顔を浮かべるシャールに目を細めながら、エリオスは前を見て告げる。


「さあ、目的地だ——」


彼らの眼下にはいくつもの廃墟。そしてその先には鬱蒼とした森が広がっていた。

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