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Ep.5-113

教主はぺらぺらと本をめくりながら話し続ける。


「聖剣使いたちは、聖剣に込められた権能を操ることが出来るというのはよく知られているけれどね、あんなものは神々の権能のほんの一端に過ぎない。だからこそ、聖剣が『神の権能の一端』なんていう聖教会の呆けた理屈が通るのだけどね」


どこか忌々しげに教主はそう言いながら、ようやく目当てのページを開いたようで、その記述に目を落としながら、彼は続ける。


「神話や歴史を紐解けば聖剣使いにはその適正次第で、ただ権能の一端を操る以上のことが出来るらしい。具体的にいえば、神の概念を一時的に自身に完全に宿させる。聖剣と自分自身を合一して、権能の全てを引き出すということになるらしい」


彼の言葉にアリアは目を細めた。なるほど、そういうやり方もあるのかと。

しかし、そんな彼女の内心の感嘆に気がつくはずもなく、教主は小さくため息を吐く。


「尤も、それをやってのけて、成功したのは人間だった頃の英雄神エイデスだけだ。でも、その神話の記述は僕に一つの指針を与えてくれた――即ち、人間は神の権能を宿すことができるという事実」


「でも、たとえそれが可能だったとして……どうやって神の権能なんてものを私に下ろすのかしら? そんな手段が貴方達にあるの?」


「――そんなもの、もちろんあるに決まっているだろう?」


教主はそう言うと不意に彼女の右手の手かせを外す。それから、周囲の男たちに視線で命じて彼らにもアリアの手かせや足かせを外させる。突然自由にされたことに、アリアは驚きながらもじっと教主の顔を睨みつけて、動かない。

そんなアリアを満足げに見下ろしながら教主は嗤った。


「嗚呼、やっぱり君は賢いねえ。自由にしても逃げ出したりしないのは賢さの証拠だ」


――男たちに囲まれたこの状況が、自由と言えるのかにはいささかの疑念があるけれど彼の言う通りこの場で下手に動くのは悪手だ。そして何より、アリアには自分から動く必要などそもそもないのだ。毅然とした視線を向けるアリアに教主はにこにことほほ笑む。


「うんうん。やっぱりさっきの教育は間違いじゃあなかったね――さて、ではさっきの話の続きだ。ついておいで」


そう言って教主は踵を返して扉の方へと歩き出す。従うしかないアリアは、自分が拘束されていた石台からゆっくりと降りる。はだしの彼女に、取り囲んでいた男の一人が革のサンダルを差し出した。アリアはそれを一瞥すると、何かを言うこともなくそのまま教主の後に付いていく。それを追うように、部屋の中の教徒たちは皆列をなす。

アリアが拘束されていた部屋は地下室だったようで、死んだように冷たく静謐な空気に満ちていた。アリアは教主の後について地上へと向かう階段を歩いていく。

階段を上がり、外へとつながるドアを教主は開く。その先にあったのは、うっそうとした森の中に広がる小さな集落だった。簡素ないかにも素人が建てた小屋のような家が何件も並んだそこでは、教主たちと同じような服を着た人々が動き回っていた。

彼らは、扉を開けて教主が出てきたのを認めると一様に恭しくお辞儀をする。それから、彼の背後から現れたアリアの姿を見て歓声を上げた。自分の身体に不躾に突き刺さる彼らのぎらぎらとした視線が気持ち悪くて、アリアは思わず顔を顰める。

そんな彼女を振り返ることもなく、教主はまっすぐに集落を突っ切って、森の中の獣道へと入っていく。アリアも後続の教徒たちに促されてその後を追う。

うっそうとした獣道は、尖った石やのたうつように隆起する木の根、ぬかるんだ泥の所為でひどく歩きづらい。それでも、止まるわけにも行かなくて、アリアは必死で脚が汚れ、痛むのを我慢しながら歩き続ける。

不意に、教主は立ち止まる。彼の目の前で獣道が分かれていた。左手側には石がごろごろと転がった道、右手側には荊がその両側に生い茂った道。教主は迷うこともなく、右手側へと歩みを進める。

ふとアリアは視界の端――左手側の道に何かを見つけて立ち止まる。そこにあったのは、小さな靴のようなモノ。ボロボロになってひどく薄汚れたそれが、このうっそうとした森の中に在ってはあまりにも不似合いに見えた。それと同時に、彼女の中に既視感のようなものが浮かび上がって来る。果たしてこれはなんだろうか――考える間もなく、アリアは再び背後の教徒に小突かれて先へと進ませられる。

気持ちの悪い既視感に顔を顰めるアリア――しかし、それはすぐに晴れた。


「ここ、は……そう……あは、そう言うことなの……」


濃密な緑の中から不意に目の前に現れたソレを見て、アリアは思わず口元に笑みを浮かべながらそう零した。

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