Ep.5-108
「――ぐッう……あ、くぅ……あ……」
突然、何の準備もできないうちに腹部に叩き込まれた拳。その衝撃にアリアはまず混乱し、そして続いて襲って来たのは鈍く重い痛みと込み上げる嘔吐感だった。仰向けになった自分の喉を胃液が逆走するのを感じながら、アリアは激しく咳き込みながらも、それを押さえ込もうとする。
しかし、結局溢れ出て唾液と血とまじったそれがアリアの口元を汚した。
そんな彼女を見下ろしながら、教主は小さくため息を吐く。
「おやおやそういうところは減点だなあ。『彼女』はそんな無様な表情は晒さないよぉ?」
子供っぽい口調で教主は噎せこみ悶えるアリアにそう言いながら、彼女を見下ろしていた。そして側に控えた男から白いハンカチを受け取ると、それでアリアの口元を拭う。
「——なん、で……」
「んん? 嗚呼、もしかして寝たふりがバレた理由が知りたいのかな?」
汚れたハンカチをじっと見つめていた教主は、こぼれ落ちるようなアリアの言葉にそう返す。教主はにっこりとした笑みを浮かべながらそのハンカチを丁寧に折りたたんで懐に仕舞うと、その指をそっとアリアの唇に当て、不躾に弄ぶ。
表情を顰めるアリアに教主は薄ら笑いを浮かべながら答える。
「簡単なことだよー? 君はきっと僕たちから一方的に情報を引き出そうと思って寝たふりをしてたんだよねぇ? 身体をいじくりまわされても必死で耐えて、声を出さないように。うんうん、よく頑張ってたよねぇ、そんな君の頑張りに拍手だ!」
教主がそう言って彼女の目の前で手を叩くと、一斉に当たりを囲む人たちも手を叩き始める。何人もの割れるような拍手が狭い部屋の中に反響し、重なり合う。
その音にアリアは僅かな恐怖すら覚えた。
教主は再び鳴り止まない拍手を手で制すると、にんまりと笑いながら、その指をアリアの口の中にねじ込む。
「な、にを……っふぁ!?」
「でもねぇ、詰めが甘かった……君は声を押し殺すことは頑張っていたけれど、寝息を立てるということを忘れていた! 不自然に息を止めたり吸ったり……それじゃあ起きているって教えているようなものじゃないか」
ねじ込んだ指でアリアの口内、そして喉の奥まで不躾にいじくり回しながら、教主はゆったりとそう告げる。アリアは嗚咽混じりに全身を捩っていた。
そんな様を眺めながら、教主はアリアから手を引いて満足げに頷く。
「うんうん。良い声だねぇ。例え死に至るような痛苦や苦悶の中であっても、君のように美しい悲鳴をあげてこそ、彼女の器に相応しい。豚のような悲鳴をあげるだけのモノなど願い下げだからね」
「……私を……どうする、つもり?」
一人満足げに語る教主に向けてアリアは唇を震わせながらそう問うた。そんな彼女の問いに教主は穏やかな笑みを浮かべたまま答える。
「とことんまでに甚振り、嬲り、そして殺すんだよ。君は散々に虐め抜かれて殺されるんだ」
「なんで、そんなことを……」
「君はね、彼女の代わりなんだ」
教主はアリアの揺れる瞳に応えるようにそう口にした。そして、先程読み上げた本を撫でながら、こう続けた。
「君は彼女の代わりに責め抜かれて殺される——『悪の女神』の代わりにね」




