Ep.5-107
「——まさしく、彼女の生き写し……世界を救う贄として文句のない完成度だ」
贄――その言葉にアリアは全身に悪寒が走るのを感じた。生殺与奪を完全に握られていることを改めて突き付けられる言葉。自分の肩に今にも死が手をかけようとしていることを自覚して、アリアはわずかに身体を震わせる。
男はどうやらそれに気が付くこともなく、アリアの青い瞳をまじまじと、まるで大粒の宝石に自分を映してその光に耽溺するように見つめている。そして恍惚の息を漏らしながら再びねっとりと口を開く。
「ああ、完璧な素体だ……これなら……今度こそうまく行くよぉ……だってこんなに彼女にそっくりなんだもの、神の奇跡が我々のために作り上げた奇跡の産物に違いないよねえ!」
老紳士は紅潮した顔で、少年のように幼さすら感じさせる口調でそう叫び、唾を飛ばしながらアリアを撫でまわす。そんな彼の言葉に応えるように、神経質そうな男もまた口を開く。
「ええ、ええ。教主様の悲願がついに身を結ぶときかと」
口ぶりは几帳面そのものだが、その声音から察するに彼もまた高揚を隠しきれないでいるようだった。
そんな彼の言葉にうんうんと頷きながら老紳士——『教主』は懐から一冊の本を取り出す。
使い古されたであろうその本から、教主は一分の迷いもなく自分の目的であるページを開く。
「——『その青き髪は、水の流るるがごとく風に靡き、それでいて揺らめく青き炎がごとき輝きを放つ。瞳の色は蒼玉より深い青き輝きを放ち、白磁の肌は人界のあらゆる醜悪より隔絶し、それを踏破するかの如く美しく、そしてそれ故に恐ろしい』」
本の一節を吟じているのだろう。目に入る文字の一つ一つ、口にする言葉の一音一音を味わい楽しむかのように甘露に浸りながら教主は、天を仰ぎ目元を手で覆いながら、蕩けるような声を上げる。
「……嗚呼、今まで青い髪の女などいくらでもいたし青い瞳の女もいくらでもいた。だが! どいつもこいつもその役割を果たさないゴミだった、使い物にもならない廃棄物だった! ……でも、君は違う。その髪、その肌、その瞳。全て総て凡て神話と同じ! 僕が思い描いて来た彼女の姿そのもの……! 今度こそ、今度こそ……! この完全な素体を使って僕は教会の連中を見返してやる。僕の叡智と信仰心で世界を救ってやるぞぉぉ!」
熱に浮かされたように教主は叫ぶ。狂気的なまでの絶叫。しかしそれに賛同し、彼を讃えるかのように周囲から拍手が巻き起こる。
——どうやら、この部屋には教主と神経質そうな男以外にも何人もの人間がいて、自分を囲っているらしい。「無垢な少女」を雁字搦めに拘束し、それを何人もの大人が取り囲んで見ている——無理矢理開かれた目で天井と教主の顔しか望むことのできないアリアはその様子を想像して反吐が出そうになる。
そんな中、教主は鳴り止まない拍手をまるで大楽団の指揮者であるかのように手で制すると、アリアの瞼から手を離して楽しげな声を上げる。
「さて、そろそろ目を覚ましたらどうかね? 寝たふりもいい加減飽きてくるだろう?」
その言葉にアリアが反応するよりも先に、教主の拳がアリアの柔らかな腹部に叩き込まれた。




