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Ep.5-106

これまでのことを一通り、自分の認識している限りのことを思い出し、脳内に描き出すとアリアは猿轡の隙間から小さく息を漏らした。

状況は把握しきれていないけれど、あまり状況はよくないのだと。完全に生殺与奪を握られてしまっている。それでもアリアはどこか危機感を感じさせないような、落ち着いた表情を浮かべながらじっと天井を見つめていた。

そんな中、不意に暗闇の向こうから足音が聞こえた。かつかつと硬い石の床を踏み鳴らす冷たい足音がいくつも近づいてくる。

アリアはそれに気がつくと、目を閉じて気を失っているふりをしてみせる。

ギィという軋む音が響き、足音が近くに聞こえてくる。部屋に灯りがともる音が響いて、瞼の向こうが明るくなった。


「——おお、これはまさしく……」


熱を帯びた法悦の声がすぐ近くから響いた。声からするに年老いた男性のようだ。

興奮のあまりアリアの顔をまじまじと至近距離で見つめているのだろう。頬に熱い鼻息がかかるのをアリアは必死でなんとか反応しないようにと耐える。


「素晴らしい、素晴らしいよ! これは言い値で買うに値する素晴らしい素体だ! この青い髪に、白い肌——完璧じゃあないか!」


「は——お褒めにあずかり感謝の極みであります」


別の男の声が傍から響いた。その声には聞き覚えがある——あれは、あの砦に囚われていた時、牢の外から聞こえてきた盗賊の首領と会話していた男の声。自分をここに連れてきた男の声だ。

どこか神経質そうなその声と口調が、老年の男の喜色に満ちた声とあまりに対照的で、そのアンバランスさが二人の関係性の不気味さを感じさせる。

神経質そうな男の言葉に老年の男はうんうんと声をあげて頷きながら、アリアの身体を撫でまわす。

頬を、腕を、脚を、腹を——身体中を、その肌の艶やかさを、指を走らせることで味わうかのように。

続いてアリアの波打つ髪を手櫛するようにねっとりとした手つきで触れる。

まるでその扱いは高級なビスクドールを堪能するかのようで、どのような目的で彼が自分を拘束しているのかは知れないが、少なくとも自分をヒトとして扱う気がないということが透けて見える。

そんな彼への嫌悪感を密かに内心に積もらせていると、彼の指が不意に瞼に触れた。


「ここも確認しておかないとねぇ……」


そう言って男は無理矢理にアリアの閉じられていた瞼を指でこじ開ける。そのあまりの粗雑さとそれに伴う痛みのせいで、アリアは思わず声をあげそうになるが、歯を食いしばってそれをなんとか押しこらえる。

それと同時に彼女の視界が開ける。

目の前には、今にも肌が触れ合いそうな距離で自分の瞳を覗き込む男の顔が飛び込んでくる。普通の女性であれば、それだけで悲鳴をあげそうな状況。しかし、アリアはそこで声を漏らすこともなく、逆に男の顔を瞳を動かすことなく観察する。

どれほどの気持ち悪い変態男かと思っていたが、視界に飛び込んできた男の顔は柔和で紳士然としていた。口元や目元に刻まれた皺や、撫でつけられたロマンスグレーの髪、垂れ目気味の目元がそんな印象を強めている。

しかし、そんな紳士風の男が頬に赤みを帯びさせ、興奮の息を漏らしているのは逆に不気味に思えた。


「……嗚呼……嗚呼! 完璧だ、完璧だよぉ!」


男は嬉しそうに叫ぶ。外聞などかなぐり捨てたような歓喜の叫びは、どこか目当てのおもちゃに目を輝かせる幼い少年に近い。

そんな声を上げながら男は目を細める。


「——まさしく、彼女の生き写し……世界を救う贄として文句のない完成度だ」


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