Ep.5-104
「邪魔しないでって――言ったよね、シャール?」
低い声でそう言いながら、エリオスは振り返り、ぎろりとシャールを睨みつける。そんな彼の瞳にわずかに慄きながらも、シャールはそれでも目を逸らすことなく剣を構えてエリオスと向き合う。
「やっぱり、ダメです。やめてください」
「――また同じ話をしないといけないのかな私は? アリキーノを見殺しにした君に、私を止める資格なんてあるの?」
もはや迂遠な言葉を使うこともない、直接的な牽制。その言葉はぐさりとシャールの胸に突き刺さる。それでも、シャールはうつむくことなくまっすぐエリオスを見つめたまま口を引き結んでいる。
そんな彼女にあきれるような表情を向けて、エリオスは小さくため息を吐く。
「これは聖剣の権能の一部だから、私の権能で破るにはちょっと骨が折れるだろうね――」
エリオスの言葉にもシャールは応えない。歯を食いしばり、唇を震わせながら動かない。そんな彼女にしびれを切らしたように、エリオスは少し声を荒げる。
「あのさあ……何なの? なんか言ったらどうなのさ。君何がしたいわけ?」
「――確かに、私は彼を見殺しにしてしまった……」
エリオスの言葉に応えてか、シャールはぽつりと零すように言った。そんな彼女に、エリオスは肩眉を上げてその言葉に注視する。
「……それは私の罪です。自分の一時の感情で……私は彼を見殺しにした……」
「そうだね。でもそれは自然なことで、君は罪悪感なんて感じる必要は——」
「いいえ、いいえ! これは罪……私の……! だから償わなくちゃならない。彼にはもう償えないけど、それでも償う。そのために、貴方を止めて彼らの命をこの瞬間だけでも助ける!」
シャールは目の端に涙を溜めながら、強く自分を鼓舞するように、あるいは責め立てるようにそう叫ぶ。
そんな彼女の言葉に、エリオスは手を額に当てて歯を噛み締めながら低い声を漏らす。
「何それ……本当に、君は……嗚呼、気持ち悪い……何それ? 本気でそう思ってるの?」
「——?」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……何なのそれ……やっぱり君狂ってるよ……そんなのご立派なんて皮肉を通り越して異常だ……背負う必要のない罪や責任を勝手に背負って……挙句自分の感情すら理屈の前で捻じ曲げて……ホントにホントに気持ち悪い……」
エリオスはぶつぶつとそう呟きながら、深く息を吸って吐く。そんな彼の様子にシャールは少しだけ怯えながらも、形だけは勇敢な風に彼と対峙していた。
そんな中、エリオスが一際大きく深いため息を吐いた。
「——もういい……溜飲は下がってないけど、もっと悍ましいものが込み上げてきちゃった。だから、もういい」
「え……?」
顔を顰めながらそう呟くエリオスに、シャールはその表情をぱっと明るくする。場合によっては彼と刃を交えることだって考えていた。そうでなくても、彼との論戦は続き、互いに傷つけあうことになるのだろうと思っていた。
エリオスはシャールの明るくなった顔を見て、また深いため息を吐く。
「だいたいさあ……私、君との問答に時間を費やしている場合じゃないんだ」
「それって……」
「君とやり合うのは時間の無駄だし、何より面倒。だから今回は見逃す――そう言っているんだよ」
腹立たし気な声で、エリオスは吐き捨てるようにそう言った。そして、彼はちらと西の空を見遣る。そして、足下に落ちたアリキーノの千切れた腕を見下ろしながら淡々とつぶやく。
「アリキーノを食べたから、次に向かうべきところは明白だ――だからもう、ここに留まる理由はない」
「――あの、私も連れて行ってくれませんか?」
踵を返そうとしたエリオスの背中に、シャールはそう声をかける。それを聞いたエリオスはすごい表情でこちらを振り返り、嫌悪感にまみれた視線で睨みつける。
「……脳みそ湧いてるの? なんでまた邪魔されるリスクを負って私が君を連れてかなきゃいけないわけ?」
「……えっと、それは……アリアさんの心の安らぎになれば……とか、手数が多い方が何かと便利ですよ……とか?」
勢いで口にしてしまったせいで、ロクな理由が思い浮かばず、しどろもどろになりながらシャールは死にそうなくらい情けない気持ちでいっぱいになる。うつむく彼女に、エリオスは小さくため息を吐いた。
「まあいい……確かに手数は多い方がいい。私の権能にも限界はあるからね」
エリオスはそう言って自分の腹部をさする。その声はどこか腹立たし気だったけれど、シャールにはその苛立ちが自分に向いているようには思えなかった。
そんな彼女にエリオスは不意に冷たい声で告げる。
「――ああ、だがこれだけは忘れないように。次に邪魔したら、こう上手くはいかないからね」
にっこりとほほ笑んだ彼の瞳の光の冷たさに、シャールは心臓に爪を立てられたような痛みを感じた気がした。




