Ep.5-98
「君の質問に答えたんだ。今度はボクの疑問にも応えてもらおうか」
「……当たり屋みてぇなこと言い出しやがる……なら、もう一つ交換条件だ」
荒れた息のまま、呆れた表情を浮かべながらもラカムはそう言った。眉を上げながらも異論を挟むことなく黙っているエリシアを見ながら、ラカムは微笑を浮かべる。
「——あの炎の蛇を何とかしろ。部下には手を出すな。それが条件だ」
「……いいだろう。ただし、この場から逃しはしない。君たちにはちゃんと裁きを受けてもらわないといけないからね」
「まあ、妥協点としては仕方ねぇか」
そう言いながら、エリシアは聖剣を軽く一振り。
ヴァイストはその瞬間、熱を急速に失っていく。エリシアはそれを確認してから、ヴァイストを鞘に収める。それを見て、ラカムは深く息を吐いてから笑う。
「さて、何を聞きたい?」
「ひとえに、君がなぜアリキーノに従っているのか。その一点だ」
「そんなことに時間を割いている場合か?」
「私にとっては重要なこと——少なくともそう直感している」
エリシアの言葉にラカムは小さく鼻を鳴らすと、天井を見上げながら語り始める。
「俺たちがアリキーノに従ってるのは……まあ、元々俺らがアリキーノの家に仕えてた身ってのもあるがね。一番でけぇのは、アイツが商売のルートを持ってるからだ」
「ルート?」
「いくら人を攫っても、いくら財宝や財産を奪っても、それを換金できなけりゃあ意味がねぇ。だが、俺たちみたいなのが、いきなり販路を開拓できるわけもねぇ……この国がここまで荒廃してしまったら尚更な」
確かにその通りだ。
レブランクの崩壊前なら奴隷や宝物を道楽で買う貴族や商人もいただろう。いきなり盗賊稼業に身を投じても何とかやっていけたかもしれない。
でも、レブランクが崩壊した後は表も裏も社会の全てが混迷を極めた。そんな中で、安全かつ有益な販路を確保するのは難しい。
そもそも買い手が見つからないし、見つけたとしても安く買い叩かれる可能性が高い。
外国に売りに出そうとしても、そもそもレブランクから国外への街道は現在聖教会に監視されているから、攫った人間を馬車に詰めて売りに出すことは危険が伴うのだ。
彼らにとって最も望ましい商売相手の条件とは、監視の厳しい国境を越える必要がなく、それでいてレブランク王国の崩壊にも影響を受けないような存在。
だが、そんなものは普通には見つからない。
「アリキーノにはその販路のアテがあったってこと?」
「ああ、そうだ。アイツはアリキーノ家……王国の裏も表も知り尽くし、利用し尽くすことで王の統治を扶ける近衛第二騎士団団長の家系に連なる男だからな。レブランクの裏社会に潜むそういうヤバい連中についてもよく知っていたし、秘密裏の関わりも持っていた」
「そんな彼の存在が無くては君たちは食べていけない。だから、彼を団長に据えたってワケか……それで、その取引先ってどこなんだい?」
エリシアはそう問いかける。
ラカムたちのこれまでの語り口や、状況を考えるに、取引先が複数あるという訳では無さそうだ。そもそも、今のレブランクにそんな体力のある顧客がいくつも存在するとは思えない。
一つの大口の顧客との取引だけが彼らの生命線となっている。そう考えるのが自然だ。
エリシアの問いかけに、ラカムはゆるゆると首を横に振る。
「詳しいことは俺も知らない。商談は基本的に団長が一人でやっていたからな。アイツにとっては販路の知識は組織内での自分の地位を守るための唯一の武器だ。俺たちにすら教えようとはしなかった」
「——そうか」
少し残念そうに唇を尖らせるエリシアにラカムは苦笑を漏らしながら一つ付け加えた。
「それでも分かることが一つある。どうも俺たちのお客サマは宗教がらみの集団らしい」




