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Ep.5-97

趨勢は既に決していた。単純な剣の打ち合いともなれば、どれだけラカムに技量があろうとも、聖剣の前に勝利することなどできない。

高熱を帯びるヴァイストと刃を交わすたびに、彼の振るう剣は刃を削り、ぼろぼろに成り果てていく。

合理的に考えるのならば、もはや彼に戦う意味はない。

どう足掻いても勝つことは出来ない。エリシアを倒して彼女の操る炎の蛇を停止させ、部下を救うなんてことは出来ないのだ。

ならば、この場をそうそうに切り上げて、アリキーノの後を追うなりするのが賢い選択。

それはラカムにも十分に分かっていた。分かっているけれど、実行には移せなかった。

ただ漫然と、エリシアとの死闘を演じながら、じりじりと迫る敗北のカウントダウン——剣が折れ砕けていく様を見つめるしかなかった。


「――君はそういう人間だろうと思っていたよ」


不意に剣を交えるエリシアが微笑む。その表情に、ラカムは眉間に皺を寄せて唸る。


「何のことだ」


「自分のことは二の次三の次、全体の利益のためになら非情な判断もできるけど、そうでないのなら部下を見捨てることができない——そんな自分に耐えられない。そういう風に作られた人間が君だろう?」


エリシアの言葉に、ラカムは顔を顰める。それは心外な言葉を投げられた不機嫌さなどではなく、図星を突かれたことによるきまりの悪さのようにも見えた。そんな彼にエリシアは続ける。


「――軍人としては筋の通った在り方だけど、今の君には不似合いにしか見えないね。ああ、もしかして生まれた時からそういう在り方を叩き込まれてきたのかな?」


「ごちゃごちゃとうるせえよッ!」


ラカムはそう叫ぶとひときわ強く速く剣を振り下ろす。彼女の言葉もろとも叩き潰さんとするように。しかし、その一撃が致命だった。ヴァイストとまともに打ち合ったラカムの満身創痍の剣は最早、その衝撃と熱に耐えることが出来ず、乾いた音とともにその刀身が折れる。

そして次の瞬間、拮抗するものを失ったヴァイストの刃が、ラカムの身体を切り裂いた。


「――ッ! ぐ、があああ!」


激痛と強烈な熱にラカムは思わず叫び声をあげ、そしてそのまま地べたに倒れ込んだ。そんな彼を見下ろしながら、エリシアは小さく息を吐く。


「――終わりだね」


「そう、みてえだな……ったく、本当にお前勇者かよ……搦手ばっかり使いやがって……まるで盗賊か詐欺師じゃねえか」


「まあ、ほぼほぼ同類みたいなもんだからね。むしろ、生まれだけ見れば、君たちの方がよっぽどまともで上等なところで生まれてる。今ボクがこうしていられるのは、ある意味奇跡みたいなものだ」


エリシアがそう呟くのを聞いて、ラカムは乾いた笑い声を浮かべる。その目はどこか虚ろだった。そんな虚ろな目で、ラカムは問いかける。


「なあ、お前はなんで俺が『部下を見捨てられない』なんて思ったんだ? こういっちゃなんだが、俺は自分のことをそんな殊勝な人間だなんて思ってはいない……中間管理職がどうだとか言ってはいたが、あんなもん建前だけで万が一のときは部下どもを見捨てられると思ってたクチだ……だから今、こんなことになってる自分がいまいち信じられねえ……なあ、どうしてだ?」


「――簡単な話さ。君はボクたちがこの部屋に押し入ってきたときに、あの若い盗賊――ロビンとか言ったっけ? 彼の安否を確認しただろう? そしてボクは彼を見殺したと答えた。あの時から、君の剣を握る手は妙に力が入っていた。自分では、それっぽい理屈を並べていたけどね、それに自分自身が納得できていないのはよく見れば分かったさ」


「は……これでもそれなりのポーカーフェイスが出来てると思ってたんだがねえ。どうやら自分が思うほど上手ではなかったらしい」


自嘲するように笑うラカムを見下ろしながら、エリシアは複雑そうな表情を浮かべた。しかし、直ぐにそれを振り払い、一歩ラカムに詰め寄る。


「君の質問に答えたんだ。今度はボクの疑問にも応えてもらおうか」

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