Ep.2-9
「何をした———だと?」
カイルは少年のその言葉に表情を変える。
「く、はは———はははははははは!! そうだなぁ、お前はオレには何もしてねぇよなぁ!」
もはや、懐柔策は通用しない。ならば、出来る限り激昂させて隙を生み出して、腰の剣で殺す。そう算段をつけたカイルは、にやにや笑いを張り付けて言葉を続ける。
「ホント……この村の連中って馬鹿ばかりだよなぁ? 仲間と魔獣騒ぎをでっち上げたら揃いも揃って大慌てでさ! タイミングを見計らってそれっぽい『犯人』役を提供したら、何も考えないで飛びついてきて‥‥‥ホントに笑えるよなぁ! 手のひらで踊らされてたアイツらも、そいつらに人生をめちゃくちゃにされたお前もなぁ!」
「———ッ!?」
少年の顔がここに来て初めて揺らぐ。凪のような全てに対して憂鬱げだった表情が、強張る。そんな彼の動揺に、我が意を得たりとばかりに口の端を吊り上げる。更なる激昂と動揺を誘うべく、カイルは更に言葉を続ける。
「前からウザかったんだよねぇ……俺より弱っちくて、なんの取り柄もなかったお前が‥‥‥この村で誰よりも‥‥‥この俺よりも一番魔力があるなんてさ……お前が俺に無い物を持ってる———それだけで許し難かったのさ。お前は何も持たず、ただ俺の足元にはいつくばって物欲しげに俺を見上げているべきだろう?」
紡ぐ言葉に熱が入る。形を持たず煮えたぎっていたドロドロの感情に言葉という器を与えた途端、口をついて出るそれはもはやカイルの意思で制御することは出来なかった。
「そのくせ真面目ちゃんぶって修行や勉強なんてしやがってよぉ。鬱陶しいったら無かったぜ。なにあれ、マジでうざいんだよね。調子に乗ってくれれば、ぶん殴れるからよっぽど気分が楽だった―――」
「そんな……そんなことで? そんなことで僕は……?」
零すような少年の言葉が響いた。
少年の目にじわりと涙が浮かぶ。それと同時にカイルの足に絡み付いた黒いモノも霧散する。動揺ここに極まったか―――これは好機だ。カイルは抜けた腰でなんとか立ち上がり、腰に掛けた剣に手を伸ばす。
「———さない……」
「———バカが! これで終わりだァ!!」
立ち上がり、ぬかるんだ地面をけり込んで少年に襲い掛かるカイル―――剣を振り上げ、少年の首筋へと奔らせる。
しかし次の瞬間、彼が耳にしたのは少年の肉と皮を切り裂く音でなく、剣が土の地面に落ちる乾いた音だった。
「———え?」
カイルは音の方へと振り返る。そこに転がっていたのは彼の剣と、ソレを掴んでいたはずの彼の手首だった。
「———ぱぇ?」
思考が停止する。何が起きたのか、分からない。受け入れられない。声も出ない。
そんな中、かすれるように夜の闇に融け消えるように、幽かな少年の声が響く。
「『刮目せよ、眼の眩むほど‥‥‥賛美せよ、燃ゆる罪業を‥‥‥眼を背けても‥‥‥忘れず刻め―――我が示すは大罪の一‥‥‥踏破するは憤怒の罪……』」
魔術の才に恵まれなかったカイルにだって分かる。目の前の少年から流れ出る魔力、その質が変転したことに。
燃えたぎり、煮え沸き立つ岩漿のような、全てを飲み込み焼き尽くすような溢れ出るその魔力に中てられ、カイルは再び地べたに倒れ込む。少年がゆらりゆらりと揺れる炎のような歩調を踏みながら歩み寄って来る、近づいてくる。
「く、くそ……くそぉぉぉ!!?」
カイルは残された手を懐に潜り込ませてナイフを取り出し、少年の胸に突き立てんと残った左腕を突き出す。
鋭い一撃。しかしそれは少年には届かない。
「な———!?」
カイルは驚愕と絶望の声を上げる。
カイルはナイフの扱いには自信があった、森の獣を嬲り殺したり、少年を甚振るときにも使っていたものだ。だが、そんな渾身の一撃は止められた。素手で握り止められたのだ。
「———『私の罪は全てを屠る』」
少年は謳う。少年は告げる。
その瞬間、少年の手に握られたナイフが赤く光り出す。冷たく硬いはずのナイフは一刹那の後にどろどろと赤く融け出す。
「———さない……」
「ひ———」
「許さない———」
カイルは少年の表情を見て、言葉を失う。彼は笑っていた。涙を溢れさせながら、笑っていた。




