Ep.5-93
「聖剣使い——それは、私もです!」
シャールが吠える。その言葉に、そして目の前で薙ぎ倒されていく部下たちの姿にラカムの表情が引き攣った。シャールの操る蔦の槍は、的確に男たちの武器を打ち払い、彼らの意識のみを奪っていく。
殺すことのないように、身体を損ねることのないように。注意を払いながらそれを操るシャールの額にはいく筋もの汗が浮かんでいた。
そんな彼女を横目に見ながら、エリシアはラカムに向き合う。
「そういうことだ。君たちが相手取っているのは聖剣使い二人——その事実を忘れた君たちには最初から勝ち目なんてないのさ」
「クソが……」
「おやおや、罵倒のキレが悲しいくらいに悪くなっているようだね! 仲間が倒されて不安になっちゃった?」
煽るような笑みを浮かべるエリシアにラカムは部屋の石壁に反響するくらいに大きく舌打ちをする。
残るはラカムと、彼の隣に控えていた部下が二人ほど。エリシアは小さく息を吐くとちらとシャールの方を振り返る。
「シャールちゃん。アリキーノを追って貰えるかな?」
「え?」
「ここはもうボク一人で十分だ。外の厩舎の馬を拝借して追いかければ、すぐに追いつくだろう」
エリシアはそう言ってちらと、アリキーノが消えていった本棚の後ろの隠し通路を見遣る。
そんな彼女に色々と言いたいこともあったけれど、シャールは一旦全て飲み込む。
そうだ、これは戦力外通告でも足手纏いを追い出す方便でもない。自分は任されたのだ——聖剣使いとして、この仕事の完遂を。ならば、まずは彼女の期待に応えなくては。
シャールは深く息を吸う。
「……分かりました。エリシア、油断しないでくださいね」
「あはは、善処するよ。さあ、行っておいで」
エリシアの言葉にシャールは小さく頷いて駆け出す。
「行かせるかよォ!」
ラカムの傍に控えていた男が、隠し扉へと走るシャールに向けて刃を構えて駆け寄る。しかし、シャールはそんな男の接近には目もくれず、真っ直ぐに駆け抜ける。彼女の髪に男の手が触れそうになる。
「引けェ!」
男に向けてラカムが叫ぶ。その瞬間、男はびくりと身体を停止させ、手を引っ込めてラカムの方を振り返る。その瞬間——
「おや惜しい」
男とシャールの間に真っ赤な壁が現れる。否、それは壁ではなく、真っ赤に燃える炎。男はその場に崩れ落ちる。
そんな男を一瞥してから、ラカムはエリシアの方に向き直る。
「ちゃんと学習はしているようだね、偉い偉い」
少し高くて甘ったるい感じの声でエリシアはそう言って笑った。彼女の手には炎を帯びた剣。
先程ロビンの腕を焼き斬った炎の斬撃。それが再び放たれたのだ。それを見て、ラカムは眉間に皺を寄せる。
「また部下を殺されちゃあ堪らねぇからな」
「ふふ、部下想いの副団長サマだ。やっぱり、君の方が団長に向いているよ」
「そりゃどうも——おい!」
エリシアの軽口に雑に応答しながら、ラカムは尻餅をついて震えている男に向けて怒鳴る。
「いつまでガタガタとガキみてぇに震えてやがる! てめぇらはさっさとそこで伸びてる連中を部屋から摘み出せ!」
「い、いやしかし副団長……」
「うるせぇ。てめぇらがいると気が散る。正直邪魔だ! コイツの相手は俺一人でする」
猛禽のような鋭い眼光を向けられて、健在な男二人は全身をびくんと震わせると、すぐに彼の命令を実行に移す。そんな彼らを横目に見ながら、エリシアはわざとらしく唇を尖らせる。
「あれー? もしかしてボク、舐められてる? 君一人で十分とか思われてるぅ? 心外だなぁー」
「言葉通り、適材適所ってやつだ。お前と斬り合うなら他のやつはいない方が何かとやりやすい。炎の聖剣なんて物騒なモンとやりあうなら、なおのことな」
そう言って、ラカムは剣を構える。そして、額に汗を浮かべながら、口の端を吊り上げて宣う。
「さ、今度は一対一だ。聖剣の力、楽しませてくれよ」




