Ep.5-90
「ひとつ、聞いても?」
ここまでの経緯についてのエリシアからの解説がひと段落したところで、シャールはそう切り出す。そんな彼女からの言葉に、エリシアは小さく頷いて応える意思があることを示す。
「なんというか、その……予想が出来ていたのなら、もっと早い段階で逆転することも出来たんじゃ——あんなに殴られたりする前に、もっと……」
そう言ってシャールはエリシアを心配そうに見つめる。つまるところ、わざわざ捕まった意味はなんなのか、もっと早い段階で彼らを制圧すれば良かったのでは無いか。そうすれば、あんなに殴られたりすることも無かったろうに——そうかなじゃは言いたいのだ。
彼女の疑問が、盗賊にいたぶられた自分の身体への心配ゆえなのだと理解して、エリシアは思わず表情を緩めた。
それでもエリシアは、すぐに真面目な表情に戻って指をふりながら、彼女の問いに答える。
「ボクらの目的は小手先の勝利ではなく、この盗賊団の壊滅と彼らに攫われた人たちの完全な救出だ。そのためには、何としてもこのアジトの場所を押さえる必要があった——そのためにはどうするのが手っ取り早いか? 彼らのうちの誰かを捕らえて拷問し、口を割らせてから攻め込む? いいや、それでは時間がかかり過ぎる。それならば——」
「あえて捕まってアジトに連れ込まれてから、その内部で暴れた方がいい……」
「そういうこと。そうすれば、ボクたちは確実にアジトの場所は抑えられるし、結果として攫われた人たちの売られた先の情報も分かる。そして何より、彼らの逃げ場を無くせる——なにせ彼らにとってはあくまでここが絶対的な投げ場所だからね」
淡々と語るエリシアに、シャールは改めて感嘆の息を漏らした。ここまでの彼女の話を聞けば、なるほど「状況は計画通りに進んでいる」という言葉もまったくもって真実であると言えるだろう。
それ故に、シャールはふと疑問に思う。そこまで考えていた彼女にとっての二割五分の「予想外」とは何だったのか。それを問いかけると、エリシアは少し目を細めてこう答えた。
「一つは、アイリちゃんのことだ。彼らが、よりにもよって彼女を人質にしてくるなんて思ってもみなかった。こう言ってはなんだけど、最悪の場合人質の一人くらいは見捨てるという選択を取らざるを得ないかとも思っていたけど、彼女が人質ということでその可能性は早々に潰れた。これが二割弱」
エリシアの言葉にシャールは思わず息を呑む。そうか、あの時人質として引き摺り出されたアイリを前にした際の自分の動揺が、彼女の戦略を一つ潰していたのか——そう思うとどこか情けなく、そして申し訳なく感じてしまう。
そんな彼女の表情を見ながら、複雑そうな表情を浮かべつつエリシアは続ける。
「もう一つはアリキーノの存在。彼がここの団長だなんていうのも、彼の人間性も含めてボクとしては予想外だった。まさかあそこまで嗜虐趣味に耽溺したド変態とはね! お陰で、計画の実行を早める羽目になった!」
たしかに彼は商売人としての合理的思考だけでなく、それと同じくらいの優先度で自身の嗜虐的な性癖を満たすことを希求していた。『商品』であるアイリをシャールたちの目の前で、その苦しむ顔を見るために辱め、傷つけようとしていたのがその証左だ。
彼が商売人として完徹していたのなら、もう少しゆっくりと情報を集めた上で計画を実行に移せたのだろうが、あのまま悠長にしていては、確かにアイリだけでなく他の攫われた人たちまでも、アリキーノは傷つけかねなかっただろう。
「とまあ、ここまでがボクの計画とその経過だ。正直、これを君に伝えなかったことについては悪いと思ってる。でも——」
「分かってます。きっと私は不器用だから、計画を知らされていたら、どこかでそれが顔や行動に出て、計画そのものを破綻させてしまう」
「うん。ごめんね、君の素直さや真っ直ぐさは美徳だと思うのだけど、今回はそれが仇になりそうだったから。謝りはするけど、反省はできない」
真面目くさった表情でエリシアの言った言葉に、シャールは思わず吹き出す。そして応える。
「ふふ、大概エリシアも素直ですよね。私も、貴女のそういうところ、素敵だと思いますよ」




